173.ご祈願受付
先をスタスタ歩いていた三郎をとっ捕まえて合流する。
手を掴んで停止させると、彼自身もはぐれていたことに今更気付いたらしかった。
宛先もなく、いったいどこに行くつもりだったのか。
「あーちゃん、そろそろ花火始まるよ。いつもの、上の境内に行こう」
「あぁ、そうだね」
時刻を確認した結城が、拝殿から続く細道を指さした。
道は川に向かってから直前にくの字に曲がり、傾斜を伴いながら川沿いに山道へと続いていく。
細くとも山入りへの正道であり、先にも祠や宝蔵などが建立されている。
参拝を終えた人々のうち、おおよそ7割が来た道を引き返し、残りは山道へと進んでいく。
麓はまだなだらかな傾斜で綺麗に舗装されているが、しばらく進めば足腰にくる坂になり、そこそこ体力の消耗が激しい。
若者は難なく登れるものの、中年以降であれば労力と見返りを天秤にかけて引き返す。
汗まみれになってまでパノラマを手にするか。
「いつもの上の境内?」
話に蚊帳の外だった三郎が不思議そうな顔をする。
どうやら彼はこの神社の山道を存じないらしい。
地元の幼稚舎・小学校なら概ね遠足かの催しで一度は来たことがあるはずで、つまりそれらの行事はブッチしていたのだろう。
「毎年、花火見てる場所があるんだ。意外と人気も少ないし、高い場所にあるから絶景なんだよ」
山道は数本が一帯を螺旋系に曲がりながら頂上に向かい、合流してまた麓へと戻ってくる。
小山なので直線距離なら踏破に大して時間もかからない。
一番近い道を走れば10~20分というところ。
機能性がない山道だった。
近代に再舗装される以前からも、観光しながらダラダラと歩き見物するのが目的だったようだ。
蛇行し合理的直線を描かない。
秋頃は紅葉し、神社売りの団子を片手に登る客が多い。
また毎年花火を見ている場所というのが、7合目あたりにある戒昏殿(かいこんでん)というハグレ殿である。
山中でもっとも水平に開けた場所である為、花火客もここに集まる。
道半ばで陣取ることも可能だが、人通りがある上に傾斜もついているのでゆっくりはできない。
最後のもう一つの殿に至ってはさらに奥まったところにあり、交通の不便から手入れが今ひとつ。
灯りに乏しく雑草や虫も蔓延っている。
より高所にあってもこちらを選ぶ客はほぼいない。
そもそも祭り日であっても、夜間に戒昏殿以降の登山は危険なので禁止されている。
「あ、ちょっと待って」
山入りの道に入る前、結城がぐいっと僕の手を引いて停止させた。
既に前に向かっていた姿勢だった為、つんのめりそうになり足を止める。
「どうしたのさ?」
「先におみくじやってかない?」
結城が拝殿横に連なる社務所を指差す。
木造平屋の建物。
腰の高さから上の中心一帯をくり抜き、ガラス窓をはめ込んだ受付のような構造。
今は全開放され、跨いで上って出入りできるほどに吹き抜けになっている。
販売窓口だ。
店先に斜面板が外付けされている。
そこに札やらおまもりやら破魔矢やら人形が並べられていた。
それらが販売品であることを示す白地に黒字の値札。
おまもり1つ300円、破魔矢1本500円。
相場と比べてリーズナブルだ。
掲げられた厚木板にくり抜かれた達筆の「ご祈願受付」。
そして建国神話を象徴し国教であることを示す、日の丸ミートボールの旗が柱に突き刺さっていた。
「いいけどさ……時間、大丈夫?」
山道を登る時間を考慮すれば、打ち上げ時間はほぼギリギリだ。
全員が浴衣であるから、駆け上がって遅れを取り戻すこともできない。
ただ、登りながら観覧する手もある。
最初から最後まで目標地点に居ねばならない理由も、またない。
「ちょっとくらい遅れたっていいじゃない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます