174.おみくじ
社務所では3人の巫女が立ち働いていた。
2人が接客をして、もう1人が品出しなどの雑務を行っている。
客入りは暇そうで、接客の1人が時折客の相手をして、もう1人は無理のない笑顔で突っ立っているだけだった。
ここが混雑することは、ほぼない。
おまもり然り破魔矢然り、日用品でもあるまいに、客が我先にと並んで買う物ではないからだ。
忙しいのは、せいぜい団体客が来た時くらいだ。
巫女はいずれも若く、20半ばは超えない年格好。
内1人は大学生くらいだ。
常駐している本業の巫女さんではなく、非常勤で雇われたバイト巫女なのだろう。
着ている巫女装束も、巫女舞の改造服と違い、小ざっぱりとして生地の厚そうな一般的な巫女服である。
着慣れてもいなかった。
「すみません、おみくじ3人分ください」
暇そうに起立していた巫女へ話しかける。
口が開いていてぼんやりした印象を受ける人だった。
彼女は一瞬何かを考える素振りをする。
接客笑顔を貼り付けて言った。
「……申し訳ありません、今おみくじの販売は中止しています」
「え……? でもここの値札に……」
店頭におみくじはない。
代わりにおみくじ1回200円と書かれた値札があるだけだ。
実際の入れ物は店内にあり、販売時にだけ取り出している。
しかし販売中止とは何故か。
入れ物が壊れたり、おみくじそのものが破損しているとか。
若い巫女は口の中に笑いを含ませて答える。
「『うらない』だけに……なんちゃって」
「…………」
品出しをしていた別の巫女が、彼女を肘で小突いた。
客の手前厳しく咎めはしないが、険しい目で睨んだ。
冗談を飛ばした巫女は視線を泳がせた後、バツの悪そうに軽く頭を下げる。
すみませんと小声で謝罪した。
足元から八角柱のおみくじ入れを取り出される。
「……どうぞ」
あ、占いと売らないをかけたダジャレか。
なるほど。
ちょっと茶目っ気のある巫女さんだったのか。
だが店番中に客をからかって遊ぶとは大した度胸だ。
まがりなりにも仕事中にやるべきことではない。
僕は嫌いではないけれど、客によっては不快感を催す。
渡された八角柱のおみくじ入れを振る。
中からシャカシャカ鳴る音がした。
ここの中身は細棒が飛び出るみくじ棒方式ではなく、出てくるのはみくじ紙と呼ばれる近代的な細く丸まった紙だ。
シャカシャカ音は雰囲気を出す為に、内部に細い竹串が入れられているだけ。
どんなに振り回したところでみくじ棒は出てこない。
とはいえ、このシャカシャカ音がなければ何だか寂しいのも事実である。
僕は自分の分を出すと結城に渡し、結城は自分の分を出すと三郎に放るように渡した。
三郎はおみくじ入れが気に入ったようで、激しく何度も振った。まるでマラカスのように。
そのせいでおみくじ紙がボロボロ落ち、僕が慌てて拾い集めて社務所へ返すハメになった。
おみくじ入れは盗難防止にチェーンが付けられている。2メートル範囲外へ持ち出せない。
だが回数防止に何の対策もされていないので、利用者が振り回せば幾つも出てしまう欠陥だった。
巫女が振って渡せば済むのだろうが、それでは八角柱の意味もなく面白みもない。
客は自分の手で振りたい。そこには同意だった。
残るのは無法者に対する注意の面倒くささだ。
神罰上等とばかりに調子にのって悪さをする者はいつの時代も居なくならない。
三郎以外にも、おみくじを料金回数以上に出してしまう悪たれがいる。
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