164.生贄
神楽殿を後にし、石畳敷きの本道に戻り、人の流れに合流する。
参道から直進方向、つまり拝殿の道程に着いた。
鳥居から続く真っ直ぐな一本道は、石造りの階段で途絶えている。
階段は一枚削りの花崗岩製。
直積みで段差が作られていた。
コンクリートのように液状乾燥させて成形した物ではないので、あちこちボコボコ凹凸がある。
単純に平面にしない。石本来の素材が味だ、というあたりの理屈だろう。
不均等な形が却って見栄えを良くしている。
ただ、景観にそれほど頓着がない身からすると、ただデカくて登りにくいだけだった。
一段一段も高さがあり、少し大股にならなければ上がれない。
膝にもくる。
照明による明るさは確保されているとはいえ、左右の金属手摺りを掴まなければそれなりに足元が危うい。
直上からの照射も踏みしめる地面に影を落とし暗くしていた。
左手隅にスロープもあるが、あいにく祭りの最中は封鎖されている。
混雑が予想されるので転倒を懸念してのことだ。
山斜面を走る車道も、今の僕たちには遠すぎて意味がない。
階段は広場より横幅が制限されているので、人の密度が高い。
それまで漠然とした人の流れが、肩一つ分の距離がある歪んだ列に変化した。
前の人が一段上がったら自分も一段上がる。
そうした暗黙の了解が自然と出来ていた。
昇降する人々がほぼ一定のリズムで上がり下がりしている。
階段を上がった先は二階。
右手に車道から繋がる車駐車場がある。
一階にあるのが一般駐車場。
こちらは関係者専用の駐車場でありロック板もコインメックもない。
出入り口付近がゲート式になっているだけで、駐車場と言ってもただ白線が引かれているだけだ。
左手は紅葉観覧場が設けられている。
頑丈なガードで仕切られた先に、樹林と下手に川となる。
今は青葉しかないが、秋にはそれなりに見ごたえのある景色になり見物客が押し寄せる。
また観覧場の脇に、バカデカく平たい石テーブルがある。
縦横の直径は3メートル程。高さは1メートルと控えめ。
素材は普通の砂岩だ。
周囲を三重の頼綱で囲っている。
綱には十センチ間隔で、御幣の紙折が吊るされていた。微風に撫でられ揺れている。
まるで結界や封印のようで、事実そうなのかもしれない。
侵入阻止の機能は全くない。入ろうと試みれば誰でも入れる。
だが、その石が何であるかを知っていれば、近寄るもの好きも滅多にいない。
階段の石が工作機械によってそれなりに形が整えられていたのに比べ、こちらは元々丸平べったい巨石にノミか何かが入れられ申し訳程度に調整されたくらい。
側面はボコボコ好き放題に凹凸がある。
ただし非常に頑丈そうで、長年の風雨による劣化も少ない。
神社のパンフレット説明によれば、生贄台だそうだ。
上面がヤスリか何かでスッパリ真っ平らに削られ、人間大の五肢の形に彫り込みがある。
だいたい10代半ば頃の体格の彫りだが、当時と現代人の体格差がどのくらいあったかは分からない。もしかすると成人用かもしれない。
子供が捧げられていたとする邪悪な想像を振り払える。
手首、足首、首部分に小さな穴が空いており、今はないが、元は拘束帯がハメられていたそうだ。
その上に生贄を寝かせ、人の手にかけたのか魔物に喰われたのかは定かでないが、命を奪ったという。
そんなおぞましく恐ろしい代物が、平然と人目につく場所にある。
文化資料展示という体裁の他、供養の理由もあるようだ。
石に染み込んだ邪念怨念を、外気と人気に晒して少しずつ薄めていっているとか。
ここを訪れる来客に呪いの欠片がこびりついていかないか心配で仕方ない。
今のところ、呪いを持ち帰ったという噂は聞かない。
出自を辿れば、元々はこの神社にあったものではない。
高原境……今の高原境総合医療センターが建つ前の場所から発見され、神社に移送されてきたとか。
移されたのは数百年以上も昔で、神主のお爺さんのお爺さんのお婆さんが産まれる前からあった。神社側も要りませんとは突き返せない。
ただ炭素年代測定法によれば、生贄台が使用されていたのは更にもっと昔からだったらしい。
生贄など野蛮な妄執が黙認されていたくらいだから、人命が軽い時代だったに違いない。
深く染み込んだ血液跡まで検出されたというのだから、おそろしさ極まりない。
比較的近代までそういった因習が残る地方もあるが、僕たちの地元はそこまで閉鎖された場所ではない。昔といえども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます