163.モノマニア

「いいね。あーくんにはいっぱいお友達がいて。さーやも、お友達?」


 答えに窮する。

 友達ではない。

 だが友達と答えた方が好感は得られる。

 いや、彼が友人の間柄を望んでいるかなど知る由もない。親愛ではなく恋愛なら悪印象だ。

 お友達でいましょう、は恋人にはなれないの代用返事だからだ。

 打算の間で揺れ動いた思考が、即答を避けてしまった。


「……友達、だよ……じゃ、ないかな?」


 三郎でも孤独を感じるのだろうか。友達を欲しいと思うのか。

 彼が誰かと仲良くしているところなんて想像できない。

 そもそも、三郎が僕を欲しがるのもいまひとつ釈然としない。

 僕は、自分に結城や彼から好かれる価値があるとは思っていない。思えない。

 際立った特技や魅力がない。優れた人格者でもない。


 三郎はしばらく黙ってこちらを伺っていた。

 やがて小さく唇を曲げる。

 よっと、柵の上から飛び降りた。

 半脱ぎにしていた雪駄を履きなおす。


「へへー……友達かぁ。友達もいいねえ。あーくんの友愛もさーやの物にできちゃうかなぁ。あーくんとの絆は何だって欲しいもんね」


「そ……そう?」


 もしかすると三郎の行動原理は、独占欲ということがあり得る。

 恋や愛など大義名分を掲げているが、根本的なところではただの物欲なのでは。

 物でも感情でも、形態に囚われず欲しがるのはそう珍しくない。


 例えば子供はしばしば独占欲と愛情を混同する。

 同性であっても好きを理由に特別な間柄を要求することもある。

 まだ細かい情動の分別がつかないからだ。

 細分化された感情を分析して名前をつけられないので、それを愛だと思い込んでしまう。

 友情に比べ夫婦間の愛などは、人間のかなり最初の段階で触れるコミュニティの感情原理である。

 父母や兄弟など。


 大抵は成長過程で心の整理がついていく。細かい違いを脳で整頓できるようになる。

 だが稀に偏執的な独占欲が固定されてしまう場合もある。

 モノマニアなどと呼ばれ、特定の価値意識を崇拝し視野狭窄となる。

 もしかしたら三郎は、どこかで僕に対して偏った価値観を持ってしまったのではないだろうか。


 幼い頃からの情移りのある結城はともかく、三郎に好かれる理由など思い当たらない。

 見た目にも幼い彼ならその疑惑はより濃くなってくる。外見と精神はあまり遠くない場所にあるとも聞いた。


 だとするなら、三郎の想いを矯正し要求される不適切な関係を白紙にすることも……。


「うん、全部を受け入れる必要なんてない。底の底まで見つめなくていい。人と人には隔たりがあるから、より良い関係が築けることもあるんだもん。近い恋人より、一歩離れた友人の方が心地良いこともある」


「…………」


 同じ話を、どこかで聞いた気がする。

 どこだったっけ?


「でもやっぱり隣りにいられるなら、より深く繋がれるといいなぁ」


 予想外に、客観と主観に基づいた考えだった。

 三郎をモノマニアだとした推察、本当に合っているのだろうか……。

 自信がなくなる。

 彼は子供っぽい容姿や振る舞いをするが、実のところ精神はもっと成熟しているのではないか。


 恋愛は成長過程の1つも考えられるが、人生の酸いも甘いも噛み締めた老人でさえ、時として激しく燃え上がることもある。

 実のところ精神年齢は無関係に、何らかの脳内ロジックの組み合わせで起こっていることもあり得る。

 どんなに盲目的になっとしても理性が消えてなくなることなどない。本当に危険なら多少なりともブレーキがかかる。

 冷静でありながら狂う、そんな矛盾こそが恋愛の構造だったりするのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る