161.ヘマ

「『バレるヘマ』をする方が悪いんじゃなかったの?」


 かつて結城は言った。

 リスクがあるからこそ、表面的にはバレないように上手くやるべきなのだと。

 それが出来なかったから、咎咲たちは社会的制裁を受けた。悪目立ちしてしまった。

 良かれ悪しかれ、目立つことによって賛同者もいれば批難する者も必ずいる。


 彼女たちのやり方は、結城から見ても褒められたものではなかったという。

 ならば何故、友人の枠を超えるほどに関わったのか。


「意地悪だなぁ、あーちゃん。言ったでしょ、ボクは嫌いじゃないって。気持ちじゃあの子たちの味方をしてあげたいんだよ。世間用の仮面を着けろって言っても、人はそんなに器用に生きられるばっかじゃないもの。左脳でだけ冷静に生きられたら、そんなのは人間じゃない。ロボットだよ。赤い血が流れてるんだ。時には燃え滾ることだってある。ボクはそんな熱に冷水をぶっかけるのは嫌い」


 確かにあの時、彼はそうも言った。

 どちらも正しくあり、どちらも間違っていると。

 その時から考えが変わったのか、当時は胸に秘めていたのか。


 いずれにしても今は、体裁と想いの板挟みの天秤が後者の方に触れているようだ。

 しかしそれでも、本当に行動してしまうとは思わなかった。

 検討と実行には大きな決断力の差がある。

 僕の知らない結城だった。


 僕たちと咎咲たちの状況はそう遠くない。

 結城は男性でありながら女装をしているし、一般的な友人間より距離が近い。

 僕自身が関係を、知人にからかわれたことだってある。

 彼がいくら学校で上手く立ち回っているとしても、そういう目で見てくる人間がゼロとは限らない。

 しかも偏見ではなく、事実なのだから。


「僕たちの……その……あれについては話したのかい?」


 1日だけとはいえ、恋人になっていた事実は変わらない。

 そのことを結城が彼女らに話しているかもしれない。

 結城と咎咲たちは同志だ。

 相談に乗った過程でポロリと零してしまっているかも。


 もし事実を知っている人物がいるなら、気が気ではなくなる。

 咎咲たちが僕らのことをバラさない保証はない。


「あれって?」


「夏休み前の……さ」


「んー……? 夏休み前のって? 何のことだっけ?」


 こんな時に冗談はやめてほしい。

 僕が覚えていて彼が忘れる訳がない。

 それとも何かの暗示か。

 口に出さない方がいい都合……?



「……いや、いい。なんでもないよ。僕の勘違いだったみたいだ」


 結城が手の平でポンポンと僕の肩を叩く。

 親が子供を諭すような口調で告げた。


「大丈夫。あーちゃんが心配することなんて、なんにもないんだから」


 ……そうか。

 彼が大丈夫というなら、そうなのだろう。

 心配ないというなら、何も心配ない。

 結城はいつでも致命的な失敗はしない。必ずどこかで踏みとどまる。

 取り返しのつかない過ちは侵さない。

 だから、今度もきっと万事問題ない。


「今度、時間ができたら咎咲ちゃん達とダブルデートでもしよっか」


 ダブルデート……?


「……あっ」


 今更だが、この場にもう1人いた。

 三郎がいない。

 先ほどの会話に加わっていなかった。

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