160.道

「良かったら、お祭り一緒に回る? ダブルデートとか。ボクとあーちゃん、咎咲ちゃんと景山さんで」


「あはは、まっさかぁ。私たちがいちゃお邪魔でしょ? こっちも邪魔されたくないし。せっかくお互い時間が取れるんだから、大切にしようよ。ずっといつでも一緒にいられるとは限らないんだ」


 咎咲が手をひらひらと振る。

 なんだか普段、教室での彼女とずいぶん雰囲気が違う。

 もっと寡黙で人と交流を避けている人物だと捉えていた。休み時間も、一人孤独に読書ばかりしていた。

 今はサバサバしている。


 景山はずっと咎咲にひっついている。

 喋りもしない。

 その距離感は友人のものではない。

 後ろでこっそり咎咲の腰に手を回しているのもバレバレだ。

 停学だ退学だというデリケートな時期に。


 彼女は教室では目立つグループにいた。

 賑やかで華やかで、いつもクラスの中心。休み時間には机に座ってペディキュアを塗りながら、withやノンノをつまみに談笑する。

 しかし決して軽薄ではなく、行動力がありカリスマに溢れている。

 社交性があり、結城とも分け隔てなく接していた。

 そんな人物だった。


 それが今や、咎咲にベタ惚れな貞淑な妻然としている。

 三歩下がってついていきます、とはよく言ったものだ。

 どうしたらここまで変われるのか。別人ではないか。

 派手な身なりが虚飾と化している。ただ上辺に貼り付けられただけのギャルメイク。

 惚れたはれたが彼女をこうしたのか。

 2人の中身が入れ替わったとする方が、まだ説得力がある。


「じゃあまたね。今度ゆっくり話をしよう。できれば美味しいお茶の出るテラスカフェとかで」


「うん、探しとく」


 咎咲が景山をエスコートして去っていく。

 寄り添い腕を組み、歩幅を合わせて。

 身長差20センチ。

 体格差の精神優劣を感じさせない。


 小さくても景山を誘う咎咲の足取りに迷いがない。

 堂々とした彼女の振る舞いに、古き関白亭主の文字が重なる。

 自分と彼女の人生を背負っていく覚悟を決めたからだ。

 マイノリティー差別を乗り越える恐怖は並大抵ではなかったはず。

 同じ年齢とは信じられない。


「良かった……2人とも」


 見送る結城がボソリと呟く。

 彼は彼女らの行動や信念をどう受け止めたのか。

 聞いてみたい気もするが躊躇われる。怖い。


 無関係ではありえない。

 男女の差はあれ、同じ同性恋愛の道を歩いている。

 非生産的で少数派の生き方の苦しみは差して違わない。


 僕と結城の関係は、あの2人がかつて通った道の途上。

 迷路の中間地点。

 まだ不退転の決意を固める前の模索と悩みの時間。


 結城が何故あの2人に肩入れしたか、少し分かる。

 先が真っ暗闇な自分の道を僅かでも照らしたかったのだ。

 ヒントを得たかった。

 先達に習って、どう歩いていくか、どんな危険があるか、どう避けるか。あるいは道順を変えるべきかと。

 予習しときたかった。


 彼が実体験で彼女らと交友をもって情報収集している最中、僕はずっと逃げ続けていたわけだ。

 自分が酷く不誠実な人間に思えてくる。

 事実を知った今でさえ、道の模索ではなく現状維持のままやり過ごしたい。


 そもそも僕達の親密さは、そのまま恋愛に変換してしまえるのか疑問が残る。

 もっとも近しい感情は家族だ。

 親愛と恋は質が似ていても、行きつく先はまったく異なる。

 仲が良いから恋愛しましょうとはならない。

 僕と結城でもっとも大きい論理のズレは、おそらくそこだ。


 ただ、同性愛云々を別としても、きっと彼は2人に共感し助力しただろう。

 我が身の打算がなければ友の為に動かないほど薄情ではない。

 彼には彼なりの善意がある。

 それは規範や常識のみを原理としない、感情と経験から導き出される個人の尊厳だ。


 しかし疑問は残った。

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