155.巫覡

 鈴の音が聴こえる。

 紙吹雪が舞っていた。

 西側に位置する神楽殿。

 そこで神楽舞が行われている。


 6本の柱に支えられ、床が地面から1メートル浮いた高床式。

 壁はなく、柱以外に遮る物がない吹き抜けの建物だ。

 視認性に最大の重きが置かれている。


 真新しく硬そうな一枚岩の青い畳敷き。い草の香りが漂ってきそうだ。

 1辺は5メートル程度の正方形。

 地盤面から屋根までの高さは一般的であるが、敷地面積は神楽殿としてちょっと小柄である。


 全体に朱を基調とした色合いでまとめ、天井から照射される直接照明が幻想的に照らし出していた。

 LEDでもない業務用の白熱電球。閃光かと思うほどに強い。

 温度すら上昇しそうな明るさが、闇の忍び寄る暗がりでも過不足なく輝度を提供している。


 神楽殿で舞っているのは4人の巫女。

 全員が白地にホトトギス柄の千早を着、朱色の緋袴をはいている。留袖を翻し、袴の裾が踊り、白足袋が畳をすり足で移動する。

 闇夜を背後に、赤と白が浮かび上がっていた。


 4人のうち2人が刀剣を振り回し、残り2人は神楽鈴を手にしている。

 刀剣側の柄下にも鈴が一振り付いているので、儀式中はひっきりなしに鈴の音が鳴る。

 巫女舞に剣を用いる点では、三剣の舞のような破邪舞に近しい。


 この神社の巫女舞はやや特殊である。

 巫女たちが着ている装束は大まかな形こそ巫女装束であるが、あちこち他所の神社とは趣が異なる箇所がある。


 例えば、腰に巻いている細い荒縄。

 捻じり臍(べそ)と呼ばれ、腰を一周し背中側から建物の柱へと結ばれている。

 これはヘソの緒に例えられ、魔祓いの巫女が”わるいもの”にあの世へ引き摺り込まれないようにする為だ。

 現世とを繋ぐ命綱のようなものらしい。

 舞の立ち振る舞いを制限してしまうが、熟練した巫女たちの動きは一度として絡まることはない。


 頭に被った蓮を模した灰色の飾り。

 頭飾り自体は珍しくないが、鈍色は本来忌色であり葬儀の色だ。

 ホトトギスや蓮も、実のところおめでたい象徴ではない。

 あえて使用しているのは巫女がより現世から解脱し神秘性を高める為だとか。


 また、一般的な巫女舞では考えられないことだが、全員が酔っぱらっている。

 しかも規定量ではなく、個々人で酔いどれる必要摂取量は違う。

 この神社では、巫女舞の開始直前にお神酒をたらふく飲ませてから、舞者を神楽殿に上げるのだそうだ。


 巫女は海外でいうところのシャーマンだ。

 舞を通じて神託を受けたり、魔を祓う。

 そこで重要になってくるのがトランス状態。

 シャーマンは儀式前に幻覚作用のある薬物を使用し、精神を高揚・酩酊させ神懸かりにさせる。


 それとほぼ同義であり、ここの巫女たちはトランス導入をアルコールによって補っている。

 ただ、演目開始時点で既に泥酔に近いへべれけになってしまう。

 意識が朦朧とする。

 巫女舞をするにあたって、相当量の練習と我を保つ強靭な精神力がなければ足元さえおぼつかない。

 舞のふりつけに円心運動が多数組まれているので、舞えば舞うほど酔いは回っていく。


 しかし危険性は伴う。

 急性アルコール中毒や意識混濁による舞台からの落下など、ある団体や比較的味方寄りであるはずの市県からも、一時期糾弾されたこともある。

 神社側はこれを宗教自由としてはねのけている。

 現在は神楽殿下部に肉厚マットを敷くなどして安全性を高めているが、やはりどう考えても危険極まりない。

 意識を失って転倒し頭を打ち付ければ死にかねない。


 そしてこの巫女舞が他神社ともっともな相違点は、巫女が女性でないことだ。

 全員が男性。

 巫女役の女性が確保できないとか、酒が入っての舞が危険であるとか、が理由ではない。

 元々、ここの巫女舞は男性が巫女装することに意義がある。


 男は社会を司り、女性は魔力を司る。

 古来より、女性は神秘性を産まれた頃からその身に宿し、出産という人命創造の業を担ってきた。

 一方で男性は女性を守る為に、力を持ち文明を作り出した。

 かつての人間の男女の生物性は、そのどちらかに振られている。


 魔を祓う儀において、女性の魔力と男性の戦闘性を両立する存在が有用だと考えられた。

 男性が巫女に扮し、男でも女でもない存在へと変異し、魔を滅する。

 性概念を喪失し、世の理(ことわり)から外れようとしたのだ。

 男女の性別を逸脱するという意味で、かつては女性が白拍子で男装をし巫女舞をした時期もあったのだとか。


 それがこの神社の主義主張だ。

 その為、今神楽殿で舞っているのは外見が巫女でも中身は男性である。

 顔に木彫りの般若面を被っているのもその為。般若は女性を象ったものだ。


 もっとも、酒に酔わせて神楽で舞わせるなどということ自体が危険行為なのであり、近年の社会事情から考慮すれば女性を舞台に上げるのも問題があるのだろう。

 男性ならちょっとくらい無理をさせて怪我をしても責任を問われにくい、という意味だけではないが。


 そんな込み入った事情と由緒のある巫女舞ではあるが、現在は娯楽性にかなり寄っていた。

 来客に見せる為に、必要外の巫女舞を何度も披露している。

 最初の一回以外は、魅せる用にアレンジを加えているから、今現在僕が見ている舞もオリジナルではない。

 紙吹雪においては一切の必要性がない。ただ派手さの演出だった。


 前述したように、この巫女舞は直前にアルコールを大量摂取する。

 いくら舞者達が熟達と言っても、日に何度もそんな無茶をしたらば命に関わる。

 故に、この巫女たちは4人1組を3グループで取り回している。

 12人も経験者を保持するのは大変だろうが、それでも神社側がメリットデメリットを天秤にかけて選ぶくらいなのだろう。

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