154.異界
「ほら、これ。さっき買ったんだ。2人分あるからね」
僕はケミカルライトブレスレットを、2人に渡す。
結城が赤、三郎が青。
漠然とそれぞれの印象に近い色を選定した。
「なぁに、これ?」
三郎は渡されたそれを、物珍しげに弄繰り回して眺める。
この製品を知らないらしい。
実物を手にしたことがなくても、堅気な生き方をしていれば知識くらいありそうなものだが。
別に露店でなくてもホームセンターでも売っている。
「ブレスレットだよ。手に通すんだ」
僕が手首の回りを指でなぞるジェスチャーをする。
そんなことまでしなくても彼には伝わったはずだ。
三郎は自分の手首に輪っかを通す。
改めて見ても子供のような手だった。
手首も指も細く肉付きがない。
その気になれば鉄すら砕く剛力が秘められているとは信じ難い。
三郎がブレスレットを通した手を上方に掲げる。
丸く見開いた目をキラキラさせて、自分の手首にぶら下がった青いドーナツを仰いだ。
静かに深く息を吐く。
「……ぴかぴかー」
ご満足いただけただろうか。
それで少しでも溜飲が下がってほしい。
一方で結城も、赤のドーナツを自分の手首に通していた。
彼は何も言わず、その贈り物に目を落としている。
幾分か表情は和らいだ様子だ。
無言であるものの、先の機嫌の悪さは成りを潜めていた。
そういえば、結城がケミカルライトブレスレットを着けた姿も久しぶりに見た。
彼が最後にあれを買ったのは、確か小学校低学年頃。
あの頃は手に余す大きさだったが、成長した今となってはブレスレットの方が幼い。
近年あれを購入しないのも、ひとえに年齢不相応だと判断した為だろう。
やはり中学生が身に着けるには、対象年齢をやや越えてしまっている。
いまさらながらに、ご機嫌取りの進物があれで良かったのか自信がなくなってきた。
参道は二つの鳥居に囲まれている。
鳥居は俗世と神域を隔てる結界のようなものである。
目に見えない宗教の教義が正か否かは置いておき、元来、そうして別種の世界として区別してきた。
人の信ずるところが形となり、神社は社殿があり参道があり鳥居がある。
長くに渡って文化と経験と本能が、ない交ぜに洗練されてきた形状。
信仰と時間の経過で幾たびも変遷され、現在の姿を形作っていた。
人の想いが形として建築物に反映されている。
祈りに縁遠い大工や土建会社でさえも、その振るったトンカチや打ち込んだ釘に信心の魂が知らずの内に宿る。
そうして組み上がる神社の構成は物質でありながら非物質界を顕現していた。
神社とは現世に擬似的に作り出した上天なのである。
然るに、参道は現世(うつしょ)でも幽界(アストラル界)でもない、狭間の場だった。
そしてその先は紛いもない、霊場だ。
やぐら広場を通り過ぎ、奥へと向かう。
二の鳥居を潜った先は、神社のメインである社殿となる。
やぐら広場よりさらに広い開けた場所。3つの階段を挟んで、神楽殿や拝殿や御本殿などが鎮座している。
ここに露店はない。
出店が許可されているのは参道までであり、社殿広場は完全に神社側のテリトリーだ。
それでも人の往来は激しい。
露店がない代わりに、神社主体の催しや仮設テントで甘酒が振る舞われているからだ。
来たついでと参拝していく客も少なくない。
来客の密度は参道とあまり変わらなかった。
しかし人で溢れていても、参道とは何か空気が異なっていた。
酸素の濃度か、匂いか、景色か、はたまた六感か。
何がと明確に指摘できないが、違いは確かに感じ取った。
それはこの場にいる人すべてがそうなのだろう。
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