152.仲裁

 しかし持ってきているとしたら、最初からそのつもりで?

 三郎と事を構える前提だったのか?

 自衛の為というには過剰防衛すぎる。三郎の危険性は刃一本で振り払えるものでないにせよ、結城はそのことを信じていなかった。

 ゲームセンターで目の当たりにした後で準備できようはずもない。


 結城と三郎の間、人一人分の空間の密度が高まる。

 どちらも黒目の奥がどろりと濁っていた。

 両者の殺意に圧迫された大気が、分子の行き場をなくし膨張して弾けそうだ。

 情欲の炎で熱せられ三態変化し水分を蒸発させる。


 これ以上、傍観しているのは不味い。

 機を伺っていたが、事態がこれより好転することはない。

 悪化するばかりだ。


 周囲の野次馬が止めてくれることはないだろう。

 彼らは2人の危険性について知らない。

 ただちょっとした小競り合いを物見遊山しているに過ぎないのだ。

 事情を知らない人々には、少女2人が些細なことで揉めているようにしか捉えられない。


「ち……ちょーっとストップ! 2人共、こんなとこで何考えてんの!?」


 人の間を擦り抜けて、結城と三郎の間に割り込む。

 慌てたせいで足がもつれ、つんのめる。

 自分では取り繕ったつもりだけれど、周囲にはさぞ面白おかしい登場に見えたに違いない。

 あちこちから失笑が漏れていた。


 強引に中心に割り込んだが、彼らに挟まれる緊張に寒気さえ覚えた。

 一触即発が爆発してしまえば、爆心地に飛び込んで無事ではいられない。凶刃と凶拳にすりつぶされる。

 どちらか、あるいは両方が直撃すればただでは済まない。挽き肉になってしまっても不思議はない。


 2人の視線が僕を捉える。

 結城はまだ獲物を抜いていない。三郎も腕を振りかぶってさえいない。

 おそらくは安全なのだろうが、その安全に何秒の余裕があったのかは考えたくなかった。


「あーちゃん?」


「あーくん?」


 殆ど同時に2人は警戒を解いた。

 ドロついた瞳の淀みが澄み光が戻る。

 結城は落とした重心を自然体に戻し、三郎は血管の盛り上がりがすっと引いた。


 あれ? どちらも本気ではなかったのか? 今までのはただの威嚇?

 そう思わせるほどに、あっけなく静かに臨戦態勢が解除された。

 あっさりしていた。あっさりし過ぎて肩透かしをくらい、足から力が抜けて危うく転倒しそうになる。

 しかしどうやら、獲物が抜き身になり取り返しがつかなくなる前に止められたらしい。


「結城もさーやも場所を考えなよ。こんな人が大勢いるところで喧嘩なんて……」


 囲んでいた野次馬は三々五々、散っていく。

 第三者の僕が仲介に入ったことで、喧嘩の物見がなくなったと判断したのだ。

 水を掛けられた花火は刺激的な火花を散らさない。

 彼らが見たがった衝突はなくなった。


「えー……喧嘩なんてしてないよ?」


 結城が微笑をして肩をすくめてとぼける。

 手を隠そうともしなければ視線を泳がせもしない。

 咄嗟の所作にまで後ろめたさを表に出さない度胸は大したものだ。


 やはり、先に仕掛けたのは結城ではないだろうか。

 かき氷を食べた後、僕がりんご飴が好きだと三郎を唆して離脱させた。

 彼本人もわざとらしく離れていった。


 あれは、僕を分断させて三郎を暗殺する為だったのか。

 個々別々になったところで、三郎を秘密裏に葬る為に個人で接触した。そうも考えられる。

 あまりに粗雑な策謀だが、そうでなければ自分から離散する意味もない。

 もっと言ってしまえば、三郎を置いていってしまうことだって出来た。


「そうそう、喧嘩なんかしないよぉ。さーや、良い子だもん。良かったぁ、あーくんと合流できて」


 三郎が頷いて、馴れ馴れしく浴衣の袖を掴んでくる。

 その懐っこさが、逆に不気味で僕には重い。

 つい先ほどまで、血塗れになっていたかもしれない手なのだ。


 好意がある分、それを踏みにじってはいけないとする理性が余計に僕を追いつめている。

 元はと言えば、僕の苦しみの元凶の1つは彼だ。


 三郎はよく見れば、顔の半分を覆うオレンジ色の布を頭に巻いていた。

 離れる前はそんなものを付けていなかった。何のつもりなのだろう。

 それも僕の気を引いたり、独特なキャラクター付けの産物なのか。

 結城の暴言ではないが、反応するにもカロリーを使うことを察してほしい。

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