151.女を装う

「うるせーよ、ブス! そっちこそ、さーやとあーくんの邪魔しないでよね」


 三郎の眉にきつい傾斜がつく。眉尻の間に深いシワが刻まれる。

 口を尖らせて嫌味たっぷりの言葉で押し返した。

 昔取った杵塚(きねづか)の、不良行為で培ったガン飛ばし。内側から滲みだす悪意は可愛らしい容姿では隠しきれない。


「はぁ?」


 結城のこめかみに青筋が浮く。

 顔面の筋肉が緊張し表情が凍る。

 元々汚い言葉遣いの嫌いな彼だが、発言の相手も悪すぎる。三郎の口から出たことで憎さは可愛さ余らない。

 とりわけ、ブスという言葉にカチンときたようだ。

 頬肉がぴくりと痙攣した。


「なぁにがさーやだよ。バッカじゃないの? 女装が痛い方向になってるって分かってないんじゃない? 不思議ちゃんさあ」


 彼の顔が左右のバランスを崩して歪む。

 右眉だけが下がり、左唇だけが釣りあがった左右非対称の表情。

 それの下敷きになっているのが笑顔だとはすぐに気付かなかった。

 あまりに醜悪な顔つき。目鼻立ちが整っているだけ、より強く険悪さが滲み出ている。

 本人もむかっ腹を立てているだろうし、同時に相手を侮蔑する。


 口調も辛辣極まりない。配慮が欠片もない。

 声がねっとり耳に絡み付く。あからさまに馬鹿にしていた。

 少しでも友好の気持ちがあれば絶対に出来ないものだった。

 絶交する相手にでもなければこんな声は出せない。


「ぶりっこが悲惨なことになってるって、自分を客観的に見られない訳? あーちゃんに甘える自分が可愛いとでも思ってるの? 思ってるよねぇ。じゃなきゃ、そんなみっともない媚び売れるはずがないもの。アイドル気取り? ハンッ……ナルシズムもここまでになると呆れるよ」


「ああ?」


「『あーくん! あーくぅん! ねぇねぇあーくぅん! お手々つなごうよぉ。さーやお揚げだぁいすきぃ!』。頭おかしいんじゃないの? 無知な猫被りが愛嬌だとでも思ってるの? 女を装ってるんじゃなくて女性の杜撰(ずさん)な真似事でしょ」


 結城が三郎の口調を雑に真似て見せた。

 三郎本人のわざとらしい仕草を、さらに大仰な手振りの女々しい所作で。

 こ馬鹿にする為にわざとそうしている。


「……何だと?」


 売り言葉に買い言葉。

 三郎の頬がみるみる赤くなっていく。怒りで体温が上昇している。

 結城は口喧嘩が得意でも、三郎の方はそうもいかないらしい。

 口頭での言い合いなんて頭の回転と罵倒の語彙力でしかない。

 彼は口で負かすより腕っぷしで負かせる方が得意だ。


 しかし結城は止まらない。

 蔑むほどに舌は滑らかに、口は饒舌になっていく。

 溜まった鬱憤をぶちまける。ストレスがそのまま喉から流れ出ていた。


「言っとくけどね、あんたのそれ、ぜんっぜん可愛くないから。わざとらしくて鼻につくだけ。不気味不気味。頭の緩い男が異性に抱く妄想みたい。気持ち悪い。それが愛らしさだと考えてるんだから、頭の緩さは一緒だよね。マヌケな抑揚の猫撫で声。ベタベタひっつく暑っ苦しさ。くねくねクネクネしやがって、ウナギかよ」


 三郎が彼の悪口をどの程度聞き入れたか知れない。

 講釈が半分ほどで顔色が平熱に戻り、小指で耳をかっ穿って(かっぽじって)いた。

 興味がない訳でもない。結城が吐き出しきると、首を軽く振って耳と目の間に引っ付いていた横髪を払った。

 唇の端だけを吊り上げる。恐ろしく冷たい声色でこう言った。


「……半殺しにしてやるよ、オカマ」


 三郎がふっと息を吐く。一呼吸分、せせら笑う。

 彼の手首から先の露出している肌を、太過ぎる血管が押し上げる。皮膚の下をミミズがのたうつ。

 彼の体温がカッと上昇する。触れた大気中の水分が体熱で蒸発し煙を吹く。

 周辺温度が1度上昇した。体感温度が1度下がった。


 彼の素手は文字通り凶器だ。

 ゲームセンターでの圧倒的な破壊劇を可能にした剛腕であれば、危険性は刃物と同等。

 だらりと手を下げた自然体だが、間合いの中なら腕を振り回すだけでいつでも相手の人体を粉砕できる。


「ふん、それはこっちの台詞だよ……」


 結城から感情が消える。小さく舌打ちした。

 僅かに姿勢を落とす。

 左手で自身の太ももに触れた。

 睨み返す瞳に殺気が漲っている。


 まさか、という思いが頭をもたげる。

 持ってきているのか?

 彼もまた凶器と無縁ではない。触れたらキレる、斬れ味鋭い凶刃と仲が良い。

 かつて振り回された、刃渡り18センチの銀閃が脳裏にフラッシュバックする。

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