143.異形の祭典
内在する始原の凶暴性は何かのきっかけで、時として現実へ表出する。
情緒の安定不安定により一定の境地へ到達することで、一部が顕在化するのだ。
その姿は取り憑かれたように見える。
そして決まり文句がこれ。魔が差した。
おそらくそれが、人間が原初に持ち得ていた闇なのだ。
文明の灯りを得て、いつしか夜の帳(とばり)へと追いやったはずの、プリミティブな暗部。
しかしいくら現代人が忘れてしまったとしても、狭間で息づき蠢いている。
寄生生命体のように宿主の心身が崩壊するまで死なない。
およそ三郎は、そうした括りで純粋なほどに鬼だ。
先天的か後天的かは関係ない。
どんなに僕らと似た価値観を持ち、振る舞いをしたとしても、彼の闇の暗さは誰よりも深い。
覗き込めば吸い込まれてしまう。どこまでも底なしへと。
ほんの僅かな間、隣りにいただけの僕ですらわかる。俗世に塗れた自分などでは測り知れないと。
結局、彼についての理解を深めれば、わかることは些末だった。
よりわからない、とだけ。
三郎は論外……いや、埒外だ。
とても僕では、受け止められない。
隣で人生を歩むことはできない。
では結城を選ぶのかといえば、それもまた別の問題をはらんでくる。
……結城の中に、三郎と同じ闇がチラついている。
あの赤黒の霧や、ときおり垣間見せる狂気。
あれも何か、心層の深いところにあるものだ。
三郎の闇と同質か判断に困るところだが、非常に似通った原始的な。
結城は少なくとも僕と同じ、社会に寄り添う一般的な人間だ。
鬼ではない。
三郎とは違う……違うはずだ。
物思いに耽りながら、縁日の中を歩き続ける。
答えの出ない思考を繰り返す。
あるいはそれは言い訳だった。
答えが出ないのではなく、答えを出したくないとする自分への。
つまるところ、自分は逃げ道を探している。
地盤が固められて足元のしっかりした関係なんていらない。
ずっと、付かず離れずの間柄でいれば、深く理解することはなくても傷つかずに済む。
そんな、ぬるい空気を期待している。
今だって、やはりまだ2人と顔を合わせたくない。
そんな僕の願いを聞き届けたのか、縁日の道はずっと続いていた。
歩いても歩いても、石畳や露店は途切れることなく先の先まで伸びている。
……幾らなんでも長すぎる。
歩いて既に1時間以上経っている。
途中、露店で買い物をしたにしても、あまりに参道が長すぎる。
入口から中央広場まで、どんなにダラダラ歩いたとしても10分とかからない。
にも関わらず、おそらくあるはずのやぐらさえ、人垣の果てに見えてこないのだ。
どこまでも黒い空が……。
星明かり一つなく、淀んだ空気の黒い空……。
血臭がしていた。
気づく。
そこは縁日の場が既に変質していた。
道行く人々は、頭がなかった。
その後ろを直径1メートルの肉塊が付いて回っている。隙を見つけては、ないはずの頭からボリボリ喰らいついていた。
露店は化け物が切り盛りしている。
どの店も、露店主は人間ではなく、異形の化け物に成り果てていた。
化け物が物を売り、化け物がそれを買っている。
ポップに飾り付けられた三寸屋台は、みなボロボロ。垂れ幕はビリビリに欠損し、鉄棒は赤茶けた錆が蔓延っている。
売買行為が行われる以外、幻想的な祭りは影も形もなくなっていた。
たこ焼き屋はたこ焼きではなく、別の物を売っていた。たこ焼き機に、粘性の高い液体が注がれる。店主の化け物が長く伸びた爪で、それをひっくり返し、泥団子のような物が作られている。
お好み焼き屋は、薄汚い鉄板だけがあった。
化け物が素手で排水のような緑色の液体を、バシャンと雑にぶちまける。
それをこねくり回して奇怪に形作っていた。
金魚すくい屋は、あちこち水漏れしたプールが置かれている。
プールはゴミ置き場から拾ってきたより汚い。
だが注がれた水と回遊する金魚は、小汚いプールに似合わず、美しい光を放っている。
ゲームセンターにあった水や金魚と、酷く似ていた。
りんご飴屋は、店先に多数の割り箸を突き立てている。
その上に引っ掛かっているのは、小さな小さなしゃれこうべ。まるでヴラド・ツェペシュの見せしめだ。
空洞を抜ける風の音が、不気味な笑い声に聞こえた。
かき氷屋は、置かれているかき氷機が無機物ですらなかった。
かき氷機の形をしただけの、おぞましい紫色の生物が代わりである。
店主がハンドルを回し、氷の代わりに真っ赤な液体が飛び散る。
祭りを楽しむ人々で賑わうそこは、またあの異形の世界へと変貌していた。
人々の笑い声は、悲鳴にも似た嬌声に。
和楽器のお囃子は壊れかけのサイレン音。
ジャンクフードの香りは、甘い腐臭になっている。
いや、僕にそう見えているだけかもしれない。
アビゲイル女史も言っていた。心象風景なのではないかと。
しかしそこに美しさや楽しさなど微塵もない。
ただただ狂気と狂喜が満ち溢れているだけ。
もしこれが僕の心の反映なのだとしたら、自分でも覚えのない深い暗闇を抱えているのだろう。
結城や三郎を悪くなど言えない。立派な暗部だ。
あるいは、頭がどうにかなってしまったか。
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