141.究極の自己愛

 ケミカルライトと違い、食品は時間で味が落ちていってしまう。

 特に油物は酸化による劣化が激しい。

 そうでなくても次第に冷めていき品質を損なう。

 

 結城と三郎にと買っていたが、古い物から順に消化している。

 悪くなる前に2人と合流できるとも限らないからだ。

 いたずらに持て余すのはもったいない。


 たこ焼きの1パックの上蓋を開ける。

 ふんわりと香ばしい香りが開放された。まだ美味しさの落ち切らない程度に温かい。

 マイクロフルート素材の食品紙容器の中に、8個の小麦粉を焼いたボールが転がっていた。

 キツネ色の表面。飴色のソース。かつお節が振りかけられた上に、細いマヨネーズの線。

 そして爪楊枝が2本。


 頭からプスリと差し込む。

 中心のタコまで貫いた手ごたえを感じた。


 1口でたこ焼き半分を齧る。

 外はカリッ、中はふんわり。いわゆる大阪風たこ焼きである。

 当たりだ。僕はこの焼き方がとても好きだ。

 球体の形が美しく、歯ごたえがある。

 多少時間を置いた為に、口内を火傷するほどの熱は持っていない。アツアツの美味さはなくとも、ちょうどいい食べやすさだ。


 近年、関西圏以外でも、祭りやイベントで外カリと呼ばれる製法が増えてきた。

 水分量の調節や追い油の使用などで、本職でなくとも練習を積めば、ある程度それらしく出来るのだとか。


 以前、自宅で結城に作ってもらったこともある。その時もそれなりに整っていた。

 僕は幾らか練習しても綺麗に出来なかったので、料理に全くの素人で見栄え良く作るのは難しい。

 的屋で生業としているなら、関西圏のたこ焼き屋でなくとも充分売り物になる。


 歩いているうちに腹はこなれてきたし、歩きながらも食べる手は止まらない。

 むしろ結城や三郎にあげなくて良かったな、と邪悪な考えが浮かんでしまうほどだ。



 賑わう祭り。鳴り止まない和楽器と人々の雑踏。

 その中をふらふらと食べ歩く。

 露店と提灯はどこまでも続き、普段目にすることのない夜の和。薄闇にぼやける朱のフレア光彩。闇と光の入り混じる非日常な光景。

 幸せさと、そこはかとない幻想感に酔いしれていた。

 何も考えず、ずっと彷徨い歩きたくなる。



 僕は、おそらく彼らに恋を見ていない。

 結城と三郎に。

 こうして表面的な取り繕いをしつつも、本気で向き合おうとしないのがその証拠だ。


 結城も三郎も、同性だ。

 しかしそれ以上に、結城は家族だった。

 それ以上に、三郎は畏怖の対象だった。


 同性という壁。

 本能と文化の両面から生命と社会に真っ向から反逆する行為。

 どんなに愛が深くても子は成せない。遺伝子を後世に繋ぐ、生体活動の最優先目標を達成できないことが最初からハッキリしている。


 生物が子供を作り子供を守るのは、それが自分の分身であるからだ。分身を通して自身の存在性を永続させていくのが生物の根幹。

 仮に自分の肉体が滅びてしまっても、子供を通じて自分のゲノム情報が保持できる。だから親が自身より子供の安全を優先し守ろうとする。より若い個体を。強烈な防衛本能で。

 それが愛情という形で親子関係を形成する。

 自分の子を可愛いと思うのは生物にとって自然なこと。常識ではなく必然。この世で究極の自己愛だ。

 子供が出来ることで強固になる夫婦の絆は、お互いの最愛が顕現しているからに他ならない。


 そして遺伝子交配の補助システムとして社会が、恋愛が存在する。

 恋は愛の前段階。片割れである。完全な姿へと変質する前の不完全な状態なのだ。

 1人が半分持つ恋が、2人1組で混じり合い愛となる。

 触れ合い理解し合い、相手と自分の人生が混成し、可能な限り理想的な愛へと成形されるかを見極める位相試験。


 しかるに同性愛は、そのどちらとも背立していた。

 子は成せないから本能が拒絶する。

 社会でつまはじきにされるから拒絶する観念を持つ。

 世界でも生物界でも孤立してしまう。


 生存本能という最初の段階から、心の中で好意に理性がブレーキをかけ続ける。

 自分の考えが正しいのか、常に自問自答を繰り返す。

 良識や道徳や自制心が、強烈な呪縛となって思考をがんじがらめにしていく。

 すべてがそうでないと分かっていたとしても、暗い未来を先見せずにはいられなくなる。

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