140.ケミカル

 2人を探しがてら、露店を見て回る。

 いや、逆だ。露店を回りがてら2人を探している。

 探していると言いつつ、すぐに見つかってほしくないというのが本音だった。

 時間ばかりが過ぎていっても、考えがまとまらない。

 幸いなことに、露店を4~5軒訪れても、その過程で再会することはなかった。


「おじさん、これ2つください。赤と青」


「はいよ、2つね。捻じっておくかい?」


 捻じっておく、とは腕輪状にしておくか?という意味である。

 使い方などさして決まっていないが、輪っかにして手首にぶら下げておくことが一般的だ。

 装飾品の一種で、ただ見せびらかす為だけにある。


「いえ、後で自分で折るので、そのままください」


 そこはケミカルライトブレスレットを売っている露店だった。

 いわゆる蛍光ブレスレットと呼ばれる商品。国内商標ではサイリューム、海外ではルミカライトなどの名で登録されている。

 ポリエチレンの棒状容器を折ると、内部の過酸化水素とシュウ酸が化学反応を起こし蛍光色素の色通りに発光明滅する。

 アイドルコンサートでは棒状のまま振り回し、祭りでは腕輪として用途することが多い。


 派手な原色系で彩られる祭りの露店において、一種独特な空気を放っている。

 テントの形状は他店と同じ三寸屋台。

 機械動作用の小型発電機や、調理用の持ち運びガスボンベがない点以外は同じ設備である。

 むしろ他所の露店にあって、ここの露店にない備品の方が多い。

 それくらいシンプルな作りだった。


 電球やLEDの照明は一部を除き、全て落とされている。

 その代わり、露店中に飾られたケミカルライトの装飾が控えめに照らしている。

 赤、青、黄、緑、ピンク。容器内の液体粒が流動し、発色の特性を変えながら、1.5秒ごとにまたたく。

 サイケデリックで怪しく静かな雰囲気を醸し出していた。


 輝度は電気照明に比べれば明らかに低く、店主の顔が判別できるかできないかという程度の明るさ。

 暗闇の唯一の光。

 なのでその露店内において、商材はより一層際立っている。


 側面と奥に大きめの、前面には小型のワイヤーネットが据え置かれている。転倒防止に、端を針金でガチガチに固定してあった。

 そこに商品であるケミカルライトが飾られている。

 棒状で幾らでも形状を変えられるので、ワイヤーの網目に引っ掛けるのは非常に具合が良い。


 前面のワイヤーネットには主力商品である、リング型のブレスレットが。既に発光し始め、すぐに腕に通せる状態である。

 むろん、未使用状態の物も販売している。店主の背後にある段ボールの中だ。


 側面と奥の方は、かなりデカいケミカルライトが引っ提げられていた。

 腕輪用の小型の物が、直径20cm前後。大型の物は1本あたり50~100cmまである。

 それもただ飾られている訳ではない。


 折り曲げられ、複数を複雑に組み合わせて形を作っていた。

 ウサギからトカゲといった動物。車や電車のような乗り物。リボンや羽根などの装飾品まで。

 複雑な物では5~10ほどの数で構成されている物もある。


 造形されたモデル元では現実にあり得ない蛍光色で発光していた。

 精巧な技術を用いられているが、そこはかとなく手作り感もある。おそらく市販品ではなく露店主あるいは関係者の製作。

 ケミカルライトの連続発光は長くておよそ半日。早くても今朝昼間作ったと思われる。


 デカいのと形作られたものは値段が張る。

 一番小さい主力商品が100円であるのに、それ以外は個々で価格が違い、数百円から数千円まである。

 祭りで買うには高すぎる金額だ。あまり変われることはないだろう。

 一部、スペースが開いた部分もあり、もしかすると需要も幾らかあるのかもしれない。

 ハンドメイドだとしたら、手間賃を考えればそれなりといったところ。


 デカいのと造形物が高額だと評したが、では小さい100円のブレスレットが安いかと言えばそうでもない。

 高額な露店商品で麻痺しがちだが、このケミカルライトブレスレットも店で買えば1本あたり原価10円やそこらである。

 それでも買ってしまうあたり、お祭り値段なのだ。


 店主に代金を払い、商品を受け取る。

 2店前で買い、既に食べ終わって空き袋となった、元じゃがバターの小紙袋にしまう。

 僕に光る腕輪を振り回して喜ぶ趣味はない。

 結城と三郎用にだ。彼らが欲しがるかはともかく。


 露店を回りながら、商品を少し多めに購入している。

 今も手に、たこ焼き、お好み焼き、瓶ラムネがある。

 それぞれ2組ずつ。


 これは武装だ。

 もしまた合流した時に、結城か三郎、あるいはその両方のご機嫌が傾いていたとする。

 そこであらかじめ買っていた物を渡し、怒りの矛先を逸らし鎮める。

 自分に向けられる照準をかわすことができる。

 スケープゴート。身代わり。要は贄(にえ)である。


 ゲームセンターの件といい、物質的な『物』で形にするのは友好をダイレクトに伝える。表面的には。

 完璧な作戦。

 な、訳はない。

 結城はそんな上辺だけの取り繕いは看破してしまう。三郎も僕が考えるより聡い。

 下手を打てば、物で釣ったと反感を買いかねない。


 だが喜ぶ口実を与えることはできる。

 相手側も振り上げた拳を下ろす機会を待っているのなら、こちらの遺憾の意を受け取りやすくなる。

 だから表面的だけでいい。

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