138.-挿話-脳内物質
三郎がじっくり思考できたのはそこまでだった。
杉の樹立達の狭間、群生した草木から”害意”が飛んできたのを感知した。
目測およそ10メートル前後。
3人の気配がある。
三郎はとっさに体を捻った。
害意の後に飛んできた、実体を伴った3発のそれを紙一重で躱す。
音はしなかった。
銃器類に明るくない三郎でも、消音装置なる物によると理解していた。
銃弾の1発は左の二の腕を皮膚を僅かに削り、1発は脇腹を掠め、1発は浴衣の袖を貫通した。
不意打ちされたとはいえ、害意を読んでいたにも関わらず、完璧には避けきれない。
「ハッ……! えらく物騒なのがいるな」
妙だと、脳が思案するより早く、体の方が反射反応していた。
屈んで姿勢を低める。次撃を避ける為ではない。
脚部の筋繊維に力を込め、地面を蹴りつける為である。
緩い地面の土が、一蹴りで破裂した。
前方への運動エネルギーによって、低空を風を切り体が突進する。接触した枝や草むらが跳ね飛ぶ。
最初の踏み込みで彼我距離5メートルを消失させた。
こちらに害意を飛ばしてきた3人が、三郎の近接を察知し動揺の身震いをさせるのを、陰越しに視認した。
三郎は分かっていた。
自分が傷つけ傷つけられることに乾いていたとしても、それが癒えた時に漏れ出る笑いが喜びではないことを。
おそらく、もっと根源的な肉体、あるいは細胞の生理反応でしかなかったのだ。
自覚していない以上に、自分は破壊に無感動だと。
「クハハッ……!」
2度目の踏み込み。
3人との彼我距離が殺される。手を伸ばせば触れるか触れないかの距離。
彼らは今まさに迎撃の体勢に入ろうとしているところだった。
前面に2人。
後方に1人。銃撃してきた人物だ。
3人はいずれも大柄で男性だった。姿勢を低くしていても、身長が170後半から180越えであると予測される。
服装の色や種類に統一はないものの、パーカーを着ていたりマスクをしていたりと露出は少ない。
彼らの対処は素早く正確だった。
前面の2人が手にしたナイフで、右斜めと左下から斬りつけてきた。開いた片手でこちらに掴みかかってくる。
後方の1人は動かず拳銃を発砲してきた。
それがほぼ同時だった。
機動戦術の1つに、いかに高速で動いても絶対に当てられる攻撃軌道の手段が存在する。
物理実験のモンキーハンティングを応用したオフェンスコンビネーション。
地形、距離、彼我位置、体勢、数の利、個々の対処能力、そういった環境諸々を利用した制圧行動。
彼らの立ち回りはそれを熟知した動きだった。
それも小さく最小限の、無駄がない場慣れした動作で。
どう回避しても移動の先に攻撃が先置かれている。
どれを避けてもどれかが当たるのは避けられない。
「なるほどね、どう受けても汚れちゃうな」
三郎は、全部喰らうことにした。
左右から向かってきた刃を、両の手で直接受け止める。
指で止めようとしても、実体がないかのように挟み込みからすり抜けた。
指根の隙間から斬り込まれ、手根部付近まで切り裂かれて止まった。
そして銃撃は、全てを頭突きで受けた。
凄まじい爆音が鼓膜をぶち破る。
ただの拳銃弾でもなかった。体内で散弾のように炸裂した。
全弾命中した頭の右上半分が脳漿ごと吹き飛ぶ。
3人が何事か叫んだ。
日本語ではなかった。
「いてーだろーがよ、馬鹿」
三郎は止まらない。
内外から出血し、口内に流れ込んだ血塊だか脳髄だかをペッと吐き出す。
切創と弾痕を感知した視床が、一斉に痛みのシグナルを発する。
副腎髄質(ふくじんずいしつ)にエピネフリンを異常分泌させ痛覚をだまくらかす。
血圧が一瞬にして沸騰する。交感神経が過剰優位になり、恐怖がそのまま凶暴性へと変換された。
表出した頭部右半分の細胞ゾルに硬質化命令を送り込み、出血を抑制する。
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