137.-挿話-本質

「……あれ? あーくん?」


 秋貴と結城から離れた三郎は、唐突に我に返った。


 そこは参道の、入口から三分ほどの所。

 連綿と続く似たような露店のせいで位置が狂いそうになるが、しばらく行った先に提灯で飾られたやぐらの上部が見えていた。

 あれが秋貴の話した待ち合わせ場所なのだろう。


「……なんであたし、勝手にあーくんと離れたんだろ」


 記憶を探る。

 確か発端は結城の発言だった。「あー、そうだ。そういえば、あーちゃんりんご飴好きだったよねー」という。


 今思い返せば、あからさまに嘘っぽい口調だった。

 話しかけていた相手は秋貴でも、自分に向けられていたのだと容易に推察できる。何かしらの誘導を含んでいた。

 でなければこちらにまで聞こえるように言うはずがない。


 そこから、秋貴の好物がりんご飴。だから次は彼の好きな物を売っている露店に行こう。

 そう自然と思考が巡った。

 秋貴を置いて先に駆けだしたのも自分。

 間違いなく記憶は残っているし、そう決断したのもやはり自分だ。


 だが、なぜ秋貴を置き去りにしてまで先に行こうとしたのだろう。

 離れまいと思っていた。

 後ろも振り返らずに自分のペースで進めば、そうなるのは自明の理だ。

 それでも先を急がせようとする心理状態に陥っていた。


 思考の巡りが自然でも、どこかで自分の『考え方』を捻じ曲げられた。

 おそらくそれは、結城のあの言葉。

 特に具体的な命令をされた訳でもない。ただ秋貴の好物を吹き込まれただけ。

 それだけで彼の傍を簡単に離脱してしまった。


 なにか、暗示や催眠めいた力が上乗せされていたのだろうか。


「うーん……うん? なんだ、あれ」


 ふいに、参道を外れた木々の中に落ちている何かが目についた。

 遠目でもそれの形成りは判別ついたが、それが何であるかまで分からない。

 直径3cmほどの、人の指のような物体。淡く白色に、非常に弱く発光している。

 ただのゴミ、ではない。

 それが妙に気にかかった。


 周囲を見回す。

 北東方向に伸びる横道がある。

 植林樹地帯を通って小山に入る山道の1つだ。

 人が通る道なので露店が配置されず途切れている。


 参道から横道に逸れる。

 しばらく歩いてから、植林樹地帯の中に分け入った。

 石畳はなく、土と落ち葉の柔らかめの地面だ。


 小枝や草木を掻きわけながら進む。

 参道から一転、暗く、青臭い植物の臭いに包まれた。独特な乾いた臭気は落葉の腐敗と水の入り混じった物だろう。


 箱庭川の分岐で小川に阻まれたが、端から端へと跳び超える。

 思いのほか地面が脆い。

 蹴りつけた衝撃でボロボロと土が崩れた。


 やがて先ほど何かを発見した場所まで到達した。

 小枝に気を付けながら、その何かを拾い上げる。

 やはり指だった。まごうことなく、人の指。

 形から、おそらく薬指だ。


 だがこれは現世の物ではあり得なかった。

 感触がない。

 摘まんだ人差し指と親指から、物を触っているという五感が全くない。皮膚から読み取れる情報が皆無だ。

 重さすら殆どないに等しい。1マイクログラムを割っている。

 これが如何なる物質だとしても、体積との比重があり得ない。


 切り口は無地だ。

 骨や肉を切断した断面がない。

 出血もしていない。

 見た目だけなら作り物といっても差し支えない。精巧に作られた石膏像のような。

 しかし、微弱ながら生命を感じた。


 手の上にあるそれを、じっと見つめて”本質”を探ろうとする。

 この指の落とし物から放たれる波長……これは……。


「……あーくんのか? あーくんの、実像……いや、本像の一部か! なんでこんなところに……」


 この世のあらゆる”形”の本質。

 本来は実体の世界と完全に合致し、切り離されることがないはずの幹存在。

 それが切断されているということは、秋貴の自らの存在性の本質に異常が発生している。


「どういうことなんだ……」

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