131.爆弾加減

「賑やかで楽しいねぇ。でも、人が多すぎて人気(ひとけ)に当てられそうだよ。あぁ……眩暈が……」


 左隣の三郎が、よろよろと頼りない足取りで寄りかかってくる。

 真昼の猛暑の最中(さなか)、帽子すら被らなくても彼は平気だった。

 強靭な健康体を見せつけておいて、ちょっと混雑しているくらいで気分が悪くなるはずがない。

 演技だと丸わかりだ。


「だ……大丈夫かい?」


「あーくんに支えてもらえば歩けるかも」


 半身をべったりくっつけてくる。

 足を前に出す度に、膝頭同士がぶつかる。

 重心が低く、体重の一部を預けられて歩き難い。

 歩幅も全然合わず、こちらまで足取りがおぼつかない。


「あんまりひっつくと余計に危ないよ。足がもつれて転んじゃうんじゃないかしら」


 結城が前方に半歩先んじながら、僕の肩をぐいっと引っ張る。

 さほど強い力でもないのに、右へ上体が傾き1歩分たたらを踏んだ。


 三郎との距離が開き離れる。

 彼は明らかに体勢を崩したようによろけたが、事もなげに自然体へと戻った。

 足元はしっかりしている。

 雑踏に掻き消えそうな小ささで舌打ちをした。


「余計なお節介め。邪魔者。嫌な奴」


 ボソリと呟いた三郎を結城がたしなめる。


「人通りの多い所でアプローチすんなって言ってんの。人様の迷惑でしょうが。非常識な奴」


 どちらも小さい声で独り言のように発するので、これ以上ないほど嫌味を感じる。

 しかも相手には聞こえる程度の声量を意識しているところが始末に悪い。

 悪意が剥き出しのまま飛び交っている。

 明るく華やかな祭りの空気の中で、ここだけが淀んでいた。


「ひ……人が多いからはぐれないようにしようか。迷子になったら……えっと……」


 そういえば……。

 袂(たもと)が分かれたら、携帯電話で連絡を取ればいい。

 境内は広いと言っても、参道内は直線である。

 目印になる場所も多く、大声で叫び続けていればいずれ合流できることもある。


 問題は、三郎の電話番号を僕が知らないことだ。

 昨日、あの煮え立つ気温の昼に、街中で再会した彼から渡された電話番号が書かれた紙切れ。

 あれは結城がビリビリに破いてしまい、風に吹かれ散り散りなって飛散した


 あの僅かな間に電話番号を記憶していない。

 数字頭が珍しく、070から始まっていることくらいで、中と下の4桁はまるで覚えていない。

 結城が知っているかは定かでない。あの時一瞥していたが、それだけで暗記は出来ないだろう。

 仮に把握していても、教えてくれないかもしれない。


 多少、気を悪くするかもしれないが、後から不意打ちのトラブルを喰らわされるよりはマシだ。

 電話番号なんて、さっと聞けば済む。


「……あのさ、さーや……」


 三郎に問いかけようとして、結城が横から割り込んでくる。


「離れたら、集合場所はいつものところで構わないんじゃない? その方が面倒が少ないよ」


「……いつものとこって?」


 三郎の視線はあくまで僕に向かっている。

 意地でも結城と会話したくないらしい。

 親密さを含んだ物言いと声色を不愉快に感じたのか、声のトーンが落ちていた。


「あ~らぁ、ごめんあそばせ。ボクとあーちゃんは毎年来てるから、それだけで通じるんだよね。つーかーってやつ? 通じ合ってるっていうかさぁ」


 嫌味たっぷりにあてつけ、追撃してくる結城。

 三郎のこめかみに一本の太い青筋が浮かび上がった。

 声の潤いがさらになくなり、嗄声(させい)じみた掠れ声でボソリと呟く。

 もしかするとそれが彼本来の声質だったのかもしれない。


「なんだとコラ……」


「はっ……なにさ?」


 彼らは寄れば触れば喧嘩腰になる。

 片方に火が付くともう片方に飛び火する。まるで花火だ。

 直面させてはいけない。


 これなら火傷しても僕が緩衝材になった方がマシだ。

 神社に到着してから爆弾加減が増している。何故だ。

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