132.大人らしく

 メンチを切り合う2人の間に割り込む。


「あ……あー! 集合場所はやぐら前だよ。盆踊りしてるだろうからすぐ分かるよ。結城も、さーやも、なるべくはぐれないようにね!」


 参道の中間頃、楕円形に開けている広場がある。

 外れに休憩所も建てられており、祭りの間はテントも設営されていた。

 体調不良者の救護や落とし物の預かり、その他問題解決の為に自治体や役所の職員、時間帯によっては警官も待機している。


 この祭りでは盆踊りも催されていた。盆など半月ほど前に過ぎているにも関わらず。

 前述した広場に櫓が組まれていた。

 その周囲を踊り手がグルグル回りながら踊る。参加自由である。


 やはりこれも、箱庭川でされている灯篭流しと同じく宗教上の意味合いが薄い。

 祭りの不純物だった。

 盆踊りそのものも、現代においてはダンスパーティーとほぼ同義である。

 死者供養という本来の儀式性は希釈された。鬼祀りの趣旨ともズレている。


 いずれにしても、位置はちょうど参道の真ん中にあり、目印になる物が多いのでそこを待ち合わせ場所に使う人も多い。

 例年であれば、はぐれることすら滅多にないので保険みたいなものだ。


「ま、そんなドジはいないと思うけれど。地元馴染みならね。余所者はどーだか知らないけど」


「さーや、あーくんの傍にいるから離れないもーん」


「離れたら各自解散で良いんじゃない? 早く帰りたい人もいるかもよ?」


 噛み合わない嫌味の応酬。

 相手に直接言わず、僕に向けられるのだから精神衛生上よろしくない。自分に言われているようで傷つく。


 特に結城が攻撃的になっている。

 どうしたというのだろう。

 ついさっきまで三郎の奔放な言動も流していたのに。

 何か彼がむかっ腹を立てることがあったろうか。神社に到着した頃からか、陽が暮れ始めてからか。


 歩調を緩める。

 三郎が少し先行したのを確認する。

 幸い、彼は距離が離れたのを感知していない。そのまま速度を緩めなかった。


 僕はそっと肘で結城の二の腕をつつく。

 小声で囁き忠告した。


「結城、どうしたんだよ。何かあった?」


「……別に」


「なら、不用意に三郎につっかかるのは止めてくれ。さっきから胃が痛いよ。僕のことを想うならさ。君の方が大人だろう?」


 結城は後ろ頭を掻く。

 腕を上げた所作で、袖口からふわりと甘い香りがした。白檀(びゃくだん)のお香のようなそれ。

 普段の石鹸の匂いではなかった。浴衣に着替えた時に、オーデコロンでも付けたのか。


「大人……ねぇ。まぁ、あーちゃんの為なら、幾らでも努力はしたいって思うよ」


 彼は軽く息を吸うと、露店を指差しよく通る声で言った。

 歯を見せてニッと笑う。


「ねぇ、まずは何か食べようよ! お祭りなんだから!」


 その声は前方をふらふら歩いていた三郎にも届いた。

 彼はその場で硬直した。首を振って左右を見回す。

 振り向くと、自分でも知らず数メートル間、離れていたことに驚いたようだ。

 慌ててバタバタと戻ってきた。


「ちょっと! さーや置いていかないでよ、あーくん!」


「ごめん、でも置いていったのはさーやの方だよ。先を歩いていたんだからさ」


「えぇ……今さっきまで、隣りであーくんの声がしてたんだもん。急に消えて、いなくなったかと」


 今さっきまで?

 彼はいったい誰と話をしていたんだ?

 この場は通行人で溢れている。

 誰か、隣りを歩いていた見知らぬ人の声を勘違いしていたとか。

 気にしても仕方ない。


「結城が何か食べたいんだってさ。露店の物で」


「さーやも食べる! 食べたい! 露店の物!」


 結城の一言で、不穏な空気は霧散した。

 場を取り持つ技術は僕より上手だ。

 レストランの一件で三郎が大食いであるのを承知した戦法である。食事なら彼とて無視できないと踏み、それは見事的を射ていた。


 結城が常にそうしてくれるなら、気が楽だし、意地を張り合うより好印象が持てる。

 それに彼も気付いているはず。

 それでも譲れない何かがあるということなのか。

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