129.号砲爆雷
結城が箸を引っ込める。
唇を小さく曲げて微笑した。
「ボクのも美味しいでしょ?」
「う……うん……」
今さっき油揚げを嚥下(えんげ)したばかりで、切り身の味など薄れているのは彼も承知だろう。
その上での、美味しい?と。
怒っているのか?
流れで三郎を優先してしまった。意図などなかった。
強いて言うならライスに乗せろと要請した自分が発端で受け入れることになった。
悪いのは僕か?
思えば、座席は三郎を隣りに座らせてしまったし、ハンバーグは一口くれてしまったし、ゲームセンターではイヤリングの選びを譲らせてしまった。
何かと三郎を優先する事態が多かった。非常に些事ではあるものの。
彼が、そのことに不満を募らせている可能性はある。
いや、とも思う。
結城は人並みにドライなところはあるが、根は優しくて寛容だ。
そんな細かいことを一々(いちいち)根に持つはずがない。
間近で僕が三郎に振り回されている現状を理解し、仕方ないと一歩引いてくれるくらいの余裕は持ち合わせている。
だからきっと今も、些細なことと流して忘れてくれるに違いない。
そんな程度で嫉妬などしない。
幼馴染は、そこまで狭量ではないはずだ。
その後も、結城と三郎は競って僕に自分の料理を食べさせようとした。
気を遣い、それぞれにフォローを入れつつ応対する。
酷い気疲れを催しながらも、食事はつつがなく終わった。
結局それで満腹になってしまい、自分のハンバーグは半分ほども手を付けられなかった。
最後に三郎が残飯を片付けてくれたのが救いといえる。
食後に軽い休憩を取り、腹がこなれて伝票を持って退席する。
それぞれから、各々が食べた分の代金を徴収し、会計を済ませた。
割り勘でも奢りでも大した痛手の金額ではなかったが、金銭的な面倒はもう御免だ。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
上空から発信される乾いた破裂音。
レストランを退店するとほぼ同時、花火を予告する空包が、暮れ始めの空に鳴り響く。
8発。キャンパスに滴り落ちた水滴のような、雲にも似た微粒子の群れ。
夕空に白い綿状の煙が沸き、ゆっくり消えていった。
空は晴れていた。
予告などなくても、誰もがまた今年も花火が打ち上げられると確信している。
しかし必要なのだ、号砲花火の音が。
これから始まるぞ、という期待を抱かせる為に。
『本日、19時より箱庭川から、第36回、仮心市協賛花火大会を、行います。繰り返します。本日、19時より……』
活舌の良い明瞭な発声で、花火打ち上げを告げる地域放送がスピーカーから流れた。
現在時刻は17時45分。
レストランで食事をしている間に、とっくに日は傾いていた。
もう夕方なのだ。
心なしか日没が早くなっている。
夏中(なつなか)はとっくに過ぎ去り、九夏の終わり頃。
いかに厳暑が続いていても、晩夏の夏暮れだ。
確実に昼は短くなっていた。
アーケードを染めるオレンジ色。
それがまたいつものような郷愁を誘う。
結城が違和感を持ち、三郎が嫌った、心へ染み入る懐かしさへ。
西欧アーケードの外観の中、浴衣姿で歩く通行人の雑踏。
この夏、幾度か目にした光景。
和と洋が溶け合い、混ざり合う。和でも洋でもない別の何かへと。
異なる様相が、まるで最初からそうであったように、芯から融和している。
和と洋だけではない。
これが唐風であろうとメリケン風であろうと、一切の拒絶反応を起こさず受け入れる。複数種が一つへと完全帰結する。
他に侵されず、他と溶け合い個へ凝結する。
このアーケードはそういう場所だった。
だから、誰であってもここにはノスタルジアを感じるのだ。
「花火もうすぐ始まるね。露店も出ているから、神社の方に行こうか」
先を行く、今様色の結城の浴衣の背を追った。
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