128.不承知

「…………」


 結城が僕らの様子を不機嫌そうに眺めている。

 食べかけの海鮮丼を起き、椅子の背もたれに気怠くもたれかかり、指先でテーブルを小突いていた。

 トントントン。


「あぁ、そうだ。あーくんからお肉貰ったから、さーやからもあげるね」


 三郎が、さも今思いつきましたと手を叩く。

 自分のドンブリから油揚げを箸で摘まみ上げ、こちらの鼻先に突き出してくる。


「はい、お揚げ。あーんして」


 油揚げの下に手を添えないので、うどんの汁がビシャビシャ落下する。

 僕は慌てて落下点に、自分のライスが入った皿を移動させた。

 うどん汁と白米が混ざり合う。さぞかし、得も言われぬ味がするだろう。


 ドン。

 僕が何か言う前に、結城が机に軽く拳を落とした。

 コップがほんの数ミリ跳ね、中心から小波が波紋を広げ外周に当たって跳ね返り、二波目とぶつかり消滅する。


「なっ!? 『あ~ん……』は恋人のみに許された神聖な儀式! ポッと出があーちゃんにそれをしようなんて百年早い! 許せない!」


 結城が手早く箸で自分の海鮮丼から、切り身を三切れ摘まみ上げる。

 マグロとホタテ貝とエビ。

 どれも彼の特に好物だった。

 頬の横数センチに突きつけられる。

 醤油などの液体が滴り落ちないだけ、三郎よりは配慮があった。


「はい、ボクのお刺身もどーぞ。あーんして、あーちゃん」


 突き付けられる2組の箸。

 それは食べても良いよという許可ではなく、食べろという強制の意思に他ならない。

 どちらも、今にも顔に押し付けんばかりに近づかされている。


「悪いんだけど、ご飯の上に乗せてくれないかな。そのお揚げ、口で受け取るには大きすぎて」


 僕は三郎に対し、自分のライス皿を指差す。

 彼の油揚げは喰らいつくにしても、一口で口袋に収まらない。口元が汁でベタベタになってしまう。

 一度、不時着してもらってから、自分で摘まんだ方が合理的だ。


 ゴリッ。

 表情の変わらないまま、三郎の頬から奥歯の歯ぎしりが聞こえた。


「えー、ダメだよ。あーんしてあげるから意味があるんだから。ほら、あーくん食べて。そのままでもいけるって」


 やむをえず、首を傾けながら、箸付近で油揚げの側面にかぶりつく。

 歯で噛んだ途端、じゅうううっと油揚げの内包する汁が溢れ出してびしゃびしゃ滴り落ちた。

 三郎の箸が油揚げを離した後、自分の箸を添えて、口外に露出する残りの部分も口に押し込む。


「えへへ、どお? さーやのお揚げ美味しい?」


「あぁ、甘くて美味しいよ」


 舌の上に甘味が広がる。

 よく油が乗っていて、弾力性にとんだ豆腐布団。

 確かにこれ一品なら美味しい。三郎のように幾つも食べていては胃を壊しそうだが。

 これだけの甘さの油揚げが大量に入っていれば、うどん汁はもはや甘味の味になっていそうだ。


「へへ……さーやのを先に選んでくれるなんて嬉しいなぁ」


 三郎の言葉にハッとする。

 結城がまだ箸をこちらに向けたまま停止している。

 表情は穏やかだが、心なしか感情が薄らいだような……。


 急いで咀嚼し、呑み込み、


「結城の切り身も貰うよ」


「うん、どうぞ。ほら、あーん……」


 切り身は三切れでも量は知れている。

 特に苦も無く一口に収まった。


 舌にまだ甘味と油が残ったまま、海鮮が侵入してくる。

 醤油やわさびも着けてないので、余計に細かい味わいなどわからない。

 美味しく、はない。

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