127.ガツガツモリモリ

 油揚げが次々に口に吸い込まれていく。

 激しい食べ方だ。一口、二口で分厚く広い1切れが消えていく。

 山が宅地開発に匹敵する速度で切り崩されていった。


 汁があちこちに飛ぶ。器の外の盆やテーブルにまで。

 意外に本人の浴衣に跳ねないが、いつ付着するかと、見ているこっちまでハラハラする。

 対面の結城がそれとなく距離を取っていた。育ちを軽蔑する白い眼をしている。


「汁が飛んでるよ」


「あ、ごめんね」


 謝罪しつつも振る舞いは変わらない。テーブルを拭こうともしない。

 ガツガツモリモリ、力強く荒っぽい食べ方。

 これが屋外のバーベキューや海水浴の海の家なら、実に見事な食いっぷりであると賞賛の声もあったかもしれない。

 だが店内の食卓を囲む上では、テーブルマナーを無視し、ただひたすらに下品であった。


 また、口の中が甘ったるくなったりしないのだろうか。

 うどんも汁も間に挟まず、油揚げの次はまた油揚げ、また油揚げ。

 調味料が舌や喉を刺激し続けているはずだ。食道が炎症したりはしないのか。

 好き、というだけで同じ味は食べ続けられない。

 味覚も常人を逸している。


 だが傍目には飽きているようでもなく、笑顔の咀嚼だ。

 お揚げ山の工事速度も落ちない。

 見ているこっちが胸やけしそうなくらいだ。


「ん? あーくんは自分のを食べないの?」


 三郎が箸を止め、箸で僕の膳を指し示す。

 指し橋とは行儀の悪い。

 幾ら体面を整えても、内側の粗雑さは隠せない。


「あぁ、うん。食べるよ。でもちょっと食べ飽きてた、かな」


 よくよく考えれば、肉食が重いという以前に、僕はハンバーグにやや飽きていた。

 ハンバーグはファミレスの定番だ。

 定番ということは、機会が多く、それ故に倦(あぐ)み易いということ。

 そして僕は、舗装された人気の多い大通りを歩きたい人間なのだ。


 ここに来る度、何度も挽き肉料理を注文していた。

 オススメだから。定番だから。

 そこで食べ飽きていたことを思い出し、食べ終わる頃には忘れる。そしてまた、という繰り返し……。


 以前に来店した時も、同じ物を注文して同じ悔悟の念を抱いたというのに。

 安定志向から来る失敗だ。

 危機を避け、冒険を遠ざける生活習慣を送るが故の条件付け。

 それはレストランで注文する時にさえ同じ過ちを繰り返してしまうほど、無意識にシェイピング(形成)されていた。


「ねぇ、だったらさーやに一口ちょうだい? あーくんの食べてみたい。お願い。ね?」


 自前の特盛りきつねうどんがあるのに、それを消化する前提で他者の料理を所望するか。

 もしかしてそのきつねうどんすら、彼には物足りないのかも。


 僕はいいよと答え、ハンバーグをナイフで一口大に切り取る。

 突き刺したフォークを三郎に手渡してやる。

 彼は、受け取りながらも何故か不満そうだった。


「食べさせてくれないの?」


 向かいの席で結城が動きを凍らせる。

 眉間に皺を寄せてこちらを注視してきた。


 僕は彼の機嫌を伺いつつ、


「食べ……させるのは、ちょっと恥ずかしいな……」


「えぇー、つまんなーい」


 三郎はフォークに刺さった肉塊を歯で毟り取る。

 あれだけ欲しがったわりに、よく噛みもせず呑み込んだ。

 飽きたとは言ったけれど、少しは味わってほしい。


 三郎が何かに気付いたようで、俯いてはにかむ。

 フォークの両端を指でつまみ弄繰り回す。

 ステンレス製のそれが飴細工のようにグニグニ捻じれた。


「……えへ、フォーク……関節チューしちゃったね」


「いや、それ僕、口付けてないし……」


 恥じらいながら言われても、そのフォークは未使用だ。

 あえて関節キスというなら洗い場の洗剤やスポンジである。

 人ならざる力で弄ばれるフォークも恐ろしいだけだ。

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