126.独創性
「そんなに?」
「うん」
「季節柄、生魚には気をつけなよ。まだ暑いんだし」
「平気平気。ここのでお腹下したことないもの」
チェーン店と言うと印象に悪さが残る。
どうしても安さと手軽さから、サービス質の低下が気になる。
だがこの店舗は知る限り、1度として不衛生による事件沙汰はない。
マニュアルがしっかりしているということだ。
「浴衣に醤油もつけないようにね」
「そんなヘマする訳ないでしょ。何回ここの海鮮丼食べてると思ってるの」
丁度使えそうな紐がないからか、袂をたすきがけすることもできない。
結城が袖を捲っても、しばらく腕を動かしているとズリ落ちてくる。
それを傍目には気にならない所作で捲り直している。食事の品性も落とさない。さすがだ。
「さーやのきつねうどんも美味しそうだわぁ」
三郎がこちらに傾かせる程度に身を寄せてきた。
得意げにきつねうどんの中身を見せつけてくる。
海鮮丼が丁寧に盛り付けられた船を思わせる一方、こちらは荒れ狂う大時化(おおしけ)を彷彿とさせた。
一般的なドンブリに常識的な量の麺が入っている、かもしれない。
スープの海と麺の島に乗っているお揚げの大群は尋常量ではない。
きつね色の甘味がついた三角斬り。脂がよく乗っていて、表面がテカテカ光沢を放っていた。
それがズドンと山盛りに盛られている。
麺もスープも薬味も見えない。ドンブリ上部が大量の油揚げに覆いつくされている。その高さは器の縁を超えていた。
きつねうどんだと知らなければ、ただの油揚げと油揚げの盛り合わせだ。
これはこのチェーン店の異色さの1つである。
メニューがありふれているのはあくまで品目のみ。注文の組み合わせ次第ではファミリーレストランの範疇から脱する。
凡庸なのは表面上だけ。
独創性を持たず他と差別化されないのでは、過酷な外食産業を生き残れないということだ。
普通盛りであれば他所と変わらない量が出てくる。
しかしこの店はイメージアップサービスとして、普通盛りの上に大盛り・特盛り・最上盛りを追加することで、大幅な増量を可能としていた。
店の母体企業がテレビ局の大食い番組とタイアップしている。
その為、一部料理は最上盛りで大食い番組と同程度の量まで増量できる、という趣旨。
ある種のジョークじみた企画であり、実際の挑戦者はそれこそ大食いに自信のある大食漢か、ふざけたひやかし、あるいは一通り騒いで好奇心を満たしたらシェアするグループなど。
本気で完食する客は案外少ない。
三郎が選んだのは最上盛りの一つ手前であるが、それでもまともな量とは言えない。
麺やスープは適正量で、油揚げばかりが何重も、何重にも重ね置かれている。油揚げの下は油揚げ、その下も油揚げ、またその下も、といった具合に。
だし、醤油、砂糖、料理酒の混ざった甘い芳香が、となりにいてもプンプン漂ってくるほどだ。
もちろん、メニュー表には注意書きが写真と共に記載されている。胃が弱ければ喉から逆流しかねない、と。
女性や子供や高齢者に不用意な注文をさせないようにだ。
三郎も了承の上で注文した。
ドンブリを前にして、微塵も動揺を見せない。
大した胆力である。
また他の最上盛りメニューとして、「鬼パフェ三段アイス」なる化け物デザートも存在する。
以前、大食い番組内で特集され人気が高い。
僕の母校からも挑戦者が後を絶たず、何人も屠りさってきた難攻不落だとか。
達成者は記念撮影され店のコルクボードに貼りだされる、嬉しいのかそうでないのか分からない栄誉を得る。今のところ学生以外も含めて4人の写真がある。
三郎が大口開けて、油揚げに喰らいつく。
まるで布団のような厚い皮と身が歯に噛み千切られる。
彼もまた料理の出来に満足のようだ。
口角が上がっている。
「きつねうどんが好きなの?」
「うん、さーやはお揚げがだぁい好きなの。おうどんはそんなにかなぁ。あまーいお揚げがたくさん食べたい。お揚げだけ食べられたらもっと良かったな。あとはお肉も好きだけれど」
意外な好物だな。
服装や外見から甘味が好きそうな印象は受ける。そのイメージは洋菓子だ。
油揚げはどちらかと言うと甘酸っぱい。
砂糖は使っていてもデザートの甘さでなく、玉子焼きなどに近い和の主食。
容姿から受ける印象と、内面が乖離しているのもよくあることか。
必ずしも心根が外面に出るとも限らない。
肉好きというのは範疇内であるが。
「美味しい?」
「うん、とっても。三食ずーっとこれでも良いくらい」
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