115.またお越しください
さらに三郎は漂っているあぶくを捕まえては、口の中に放り込んでいく。
幾らでも水中から湧き出てくるのでなくなりはしない。
口で溶けた後も味が残るだけだ。腹にたまらないから満腹中枢も刺激されない。
飽きない限り無限に食べ続けられる。
ただ、本当に害はないのか。
後になって腹痛を起こしたりはしないだろうか。
三郎が平気だとしても、僕はやめておこう……。
「あーくん、引いてるんじゃない?」
三郎に指摘されて気付く。
竿がしなり、糸が引いている。
金魚が掛かったのか。
僅かな期待を寄せる。
まだ光の金魚を釣っていない。
普段、魚釣りへ積極的に行かない。だがこうしてやってみると、釣ってみたいという気持ちがある。
竿を上げる。
糸がピンと張った。
なかなかの手応えだ。
先ほど、結城が釣った時よりずっと強い引き。
「大物か?」
期待が膨らむ。
手繰り寄せた糸を、引き上げていく。
先端が上昇していくほどに、横へと流れていった。
餌代わりのマリモが引き上がる直前、糸はほぼ真横へと水平に伸びた。
三郎とは逆方向。
そこには、同じく糸を引き上げた結城がいた。
僕の竿の糸は、結城の竿の糸へと繋がっていた。
彼の持っているマリモから続く糸と、僕のマリモから続く糸がミミズのように絡み合っている。
金魚などかかっていなかった。水中で混線していただけだった。
結城が苦笑いしてマリモを外す。
「あはは、オマツリしちゃってたね」
まだ盆踊りもしていないうちから、糸が踊っていた。
ほどよいところで、釣りイベントを切り上げる。
カーテン内の客は出たり入ったりで、特に時間制限などない。
時間にして15分前後。
長く滞在していた気がしたが、実時間は大して経過していない。
離脱の際に、店員に再入場はできない旨だけ伝えられ、了承した。
去り際、一度だけ振り返りカーテン内に目を走らせる。既に光や金魚は見えなくなっていた。
客たちが何もない空間へ釣竿を投げているだけだった。
そしてカーテン外は、もはやいつも通りの光景。正常だった。
あのただ黒いだけのカーテンが、夢と現(うつつ)を繋げていた。
まさに夢幻への入口。
僕たちはどこか夢見心地のまま2階を去る。
「またお越し下さい」
店員が最後に掛けてきた言葉が妙に耳に残った。
彼女は特に意図して言った訳ではないだろう。
ただの接客文句。
またお越し下さい。
年に1回きり、それも去年はやっていなかった、来年もやるのか分からないイベント。
それを、またお越し下さい。
奇妙な気分だ。
それとも、再度訪れる機会は近いうちにいずれ、ということなのか。
あの幻想的な光景。現世離れした超現実。非物理世界。
だが今いる現実と、そう遠くない場所にある気がしてならなかった。
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