116.腕相撲マシン

「いやぁ、綺麗だったね。あんな企画があるんなら、また来年も来たいもんだ」


 余韻が覚めた頃合、結城がそう言った。

 同感だ。400円という金額不相応に特殊な体験だった。

 奇抜で面食らってしまったが、来年と言わず、1ヶ月に1度くらいの頻度でも良い。

 健康被害の心配が本当にないなら、だが。


「そうだね、また来年やっていれば……」


 隣り合って歩いていた僕と結城の間に、三郎がぐいと割り込んでくる。


「あ……あーあぁ! さーや! 他にもゲームしたいなぁ」


 わざとらしくそう主張した。


「やればいいんじゃない? 1人でさ」


 結城がトゲを吐く。

 三郎が睨み返す。

 彼は僕の腕を引っ張る。


「そうだ、あーくん。写真シール機っていうのがあるよね。さーや、それやりたいなぁ。あーくんと一緒に撮りたい! さーやの写真、携帯に貼ってあげるぅ!」


「痛い痛い……もうちょっと優しく引っ張ってくれ」


 今日何度か、三郎に色々な所を引っ張られたが、いつしか赤く腫れていた。ひりひり痛む。

 極端に逆らったはずもない。

 それでも跡が残ってしまっている。


 三郎は僕を連れてゲーセンを歩き回る。


「写真シール機ってどこ?」


「えーと……壁際だったかな」


 無闇に歩き回るので店内をグルグル回ってしまっていた。

 写真シール機の配置は壁沿い。既に反対側だ。


「こっちかぁ。ごめんね、さーや方向音痴でさ」


「いや、いいんだけど……結城とはぐれちゃうよ」


 と、先回りしていた結城が、写真シール機の少し手前にあるゲーム筐体の横に立って手招きしている。


「あーちゃん、こっちこっち」


「結城?」


 僕が立ち止まろうとすると、三郎が露骨に不機嫌そうにする。

 結城の呼びかけより、自分の主張を優先したいらしい。

 しかしひとまず足は止めてくれた。

 先ほど、僕が痛いと訴えたからかもしれない。


「あーちゃんこのゲーム好きだったよね。やらない?」


「え……これ?」


 腕相撲体感アーケード機だった。腕相撲マシンとも呼ばれる。

 椅子型台座の上で、壁面に溶接された覆面プロレスラーの張りぼでと腕相撲で腕力測定をして遊ぶ筐体である。

 電子ゲームより、パンチングマシンやバスケゲームといったスポーツ物に近しい。


 プロレスラーは筋骨隆々、非現実なほどに上腕二頭筋が肥大している。

 現実のレスラーではなく、漫画などを参考に見栄えを意識していた。

 肘を台に乗せ、挑戦者を待つ姿は「さぁ、かかってこい」と言わんばかり。


 さらに目つきも悪く鋭く、眼光だけで飛ぶ小鳥を落としてしまえそうである。

 歪んだ口元の笑みが厭らしい。あえて人相を悪くすることで、ゲームに勝った達成感を増す為だろう。


 マスクもこれまた如何にもなデザイン。

 黒い炎をイメージし、後頭部に向かって燃え盛っている。目下の縁取りが残虐さを増幅させる。

 もし実在すれば場外乱闘、凶器、ルール違反当たり前の冷酷なファイトショーでリングを血の海にするだろう。と光景を予想させる。

 過剰な印象のヒールレスラーだ。あからさますぎて人気を落としてしまいそうなほどに。


 ただ、体感ゲームではお馴染みの年季も感じさせられる。

 レスラーの表面を覆っているのは、ポリ塩化ビニルか近しい何か。少しでも肌の質感に近づけようとしている。

 その下にアルミかチタンで、人型を形造っているのだろう。


 経年劣化やある程度の衝撃に強くとも、人が触る以上、破損するのも無理からぬこと。

 あちこち細かい傷が付いて、その溝に汚れや埃も溜まる。

 悪戯か事故か分からないが、肩の部品が失壊していた。


 そしてほっぺたに「まっちょ」と落書きがされている。

 心無い悪ガキの仕打ちに耐えてきたのだ。

 こうした闘争心を煽る筐体はどうしても、火が付いたプレイヤーの凶暴性を受け止めることになる運命だ。

 その憤怒は度々、こうした悪質行為によって顕現される。

 多少の悪印象を抑え、愛着すら湧いてくる。

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