111.味

「なに、やってるんだろう……」


「さぁ……」


「何か見える?」


「さっぱり。あーちゃんは」


「僕もだ」


 良かった、結城もあれを異常と捉えている。

 僕にだけが、馬鹿に見えない服でなくて。


「これ飲むんじゃないの?」


 三郎がカクテルグラスを鼻先に突きつけてくる。

 薬剤臭さが鼻腔をついた。

 本当に、彼は物を人に突きつけるのが好きだな。


「そうだね、飲もうか。アルコールも入っていないらしいし」


 と言いつつ、躊躇う。

 店員はアルコールは入っていないと言った。

 だがこの臭いはどうだ。色はどうだ。

 この世の物とは思えない、は言いすぎか。


 炭酸飲料だってエナジードリンクだって物凄い匂いや色をしている。

 ナマコのようなゲテモノも銀杏のような悪臭を放つ食べ物もある。

 そして美味しい。

 認識する印象と味がしない飲食物は幾らでもある。

 お店で配っている以上、危険などないだろう。


 だがその上で、直ぐ様イッキに煽ってやろう、とするには見た目が胡散臭い。

 美味くても毒がある飲食物は幾らでもある。


 まず結城が飲む。

 次に三郎が口を付ける。

 一拍遅れて、僕も自分の白色のジュースを口に流し込む。


 色に反して、味は夏みかんだった。

 果物の甘さとは明らかに違う。食感はサラリ。炭酸のピリっとした刺激。

 だが夏みかんのサイダーかというと、絶対に違った。考え得る限り近しいのが夏みかんの味、というだけだ。

 美味くもないし不味くもない。店員が言った通りだ。

 匂いも手伝って鼻がスースーする。


「何味だった?」


 結城が、


「モツ鍋」


 三郎が、


「落雁」


 どうやら僕のは当たりだったらしい。


「美味しかった?」


 2人は返答しない。

 少なくとも不味くなかったのだろう。

 モツ鍋味や落雁味でも不味くないジュース、も飲んでみたくもある。


 まぁ、普通の、ジュースだった。

 ちょっと胃にもたれるかな、というくらいの。

 イロモノ枠で売っている飲料と同種である。


 だが効果はすぐに、歴然として現れた。

 やはりただのジュースではなかった。

 結城が僕の手を指差す。


「ねぇ、それ」


 いつの間にか、淡く発光する竹竿を握っている。

 細く、よくしなりそうな、リールも付いてない、先端から糸が付いているだけの和竿。


 僕だけではない。

 結城も三郎も、多少色違いだが、この場にいる全員が自分の竿を持っていた。

 パントマイムにしか見えなかった客たちは、間違いなく釣りをしていたのだ。

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