109.ドリンク
「お店の中にお魚さんがいるのかな」
三郎に手を引かれ、受付まで引き摺られていく。
受付にいるのは大学生くらいの女性。
何年か前からこのゲームセンターでアルバイトをしているから、顔をよく知っていた。
それだけで安心感が高まる。
「いらっしゃいませ、こちら魚釣りイベントを実施しております。3名様ですか?」
ファミレスやコンビニのそれに比べると、やや拙い接客文句。
ゲームセンターの店員は、いらっしゃいませ、ありがとうございましたとレジを打たないから慣れないのだろう。
「はい、3人です。今からでも入れます? 予約とか?」
「大丈夫ですよ。入場料として、お1人様につき400円でこちらのお飲み物の購入をお願いしておりますが、よろしいでしょうか?」
入場料代わりに飲み物?
まるで昔の紙芝居屋の駄菓子売りだ。
ただ入場料を徴収するのではいけないのか。
飲み物を買わせる意図は何なのか。
ただの演出なのか、飲み物がないと参加できないイベントなのか。
作業台の上には、色とりどりの飲み物がグラスに注がれて置かれていた。
赤・青・黄。派手な原色系で透明度が薄い。
かき氷屋のシロップほどに濃い。
グラスの底から細かい気泡が湧き上がり、絶えず上昇し水面で弾けている。
炭酸なのか。
色は鮮やかだが、体に悪そうで美味しそうでもない。
注がれているのもカクテルグラスなので量が少なく、これ単品で400円なら高い……かもしれない。参加料込みなのだろうけど。
財布を取り出そうとして、三郎が止める。
自分の巾着袋をこちらに突き出してきた。
「あ、さーやが払うよ。さっきあーくんに奢ってもらったんだもん。今度はさーやがあーくんに奢ってあげるね」
彼が硬貨を取り出す。
巾着の中で小銭のジャラジャラ擦れ合う音がした。
財布の金銭をそのまま移したらしい。
巾着はあくまでおまけなので、生地はそれほど厚くない。造りも流通製品ほど頑丈ではないだろう。
破けたり落としたりしなければ良いが。
結城が僕と三郎の間に割り込むようにして、
「あーら、悪いわね。全員分出してもらっちゃって」
三郎が不機嫌さを隠さずに睨みつける。
「あぁ? あたしが奢るのはあたしとあーくんの分だけ。あんたは自腹切れよ」
そう言って彼は800円を店員に渡した。
本当に2人分しか払わない。
店員が100円玉8枚を不器用に受け取り、手提げ金庫の中に仕舞う。
三郎の放つ威圧感に気圧されていた。申し訳ない。
結城が1歩引いた後ろで、ふんと鼻を鳴らして笑う。
「へぇ……」
彼のこめかみの辺りから、みしりと何かが軋んだ。
怒りによる血管の膨張や、噛み締めによる骨の圧壊音でないと信じたい。
「ねぇ、あーくん、どれにする? さーや、このピンク色にしよっかなぁ。可愛いし」
三郎がグラスを選んでいる間に、僕はこっそりと400円を店員に渡した。
そして結城を小さく指差しつつ、耳打ちする。
「これ、そっちの子の分で……」
「かしこまりました」
店員が苦笑いして、さりげない動作でその400円を手提げ金庫に入れる。
彼女もそれとなく、この険悪な関係性を察してくれた。
空気の読める人で助かる。
「さて、どれにしようかな」
グラスの中身は色の味そのままだろうか。
赤ならイチゴ味、青ならブルーベリー、黄色ならレモンとか。
市販の飲料水は概ね色味と味は直感的に繋がるものが多いが、この液体が市販の物を移しただけかは分からない。
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