106.ウロボロス
箱に入っていたのは1つだった。
ヌードのビニール袋に包まれた、蛇のレリーフ。
くすんだ色のニッケルとの合金製。
直径は10cm弱。大きさ相応程度の重さがある。
両端上部に黄土色の、用途不明なU字の金具が付いている。
ただ、少し奇妙なレリーフだった。
蛇は左右に2匹1対がいる。上下逆で内側を向いている。
異様に目が大きく痩せ細っていた。
そしてお互いの胴体を、尻尾から食い合っている。
絡み、お互いを喰らい合う蛇の象徴を何と言ったろうか……。
そうだ、ウロボロスだ。
ウロボロスを象ったものなのだ。
デフォルメが効いたマスコット調である。目が死んでいて不気味だった。
景品として酷く扱いに困る物が出てしまった。
まだ文房具の方が使い勝手が良い。
「わぁ、いいねぇ、それ。あーちゃん、それボクにちょうだい」
「え……」
結城が手を差し出してこちらに突き出してくる。
「わぁ」?「いいねぇ」?
……これが?
お世辞にも、可愛らしいともカッコイイとも言えない。グロい。悪趣味である。
彼の美的感覚が故障してしまったのだろうか。
これまでの付き合いでも、1度として結城がこれに類似するデザインを欲しがったことなどない。
……それとも、意外と好きなのか。
「あ~ん、さーやもさーやもぉ。さーやも欲しいよぉ」
三郎が腕に縋り付いてくる。
三郎も?
もしかして案外、これは優れた造形なのだろうか。世の時勢では流行しているのか。可愛いとか格好良いとか。
僕には痛々しさしか感じ取れないが。
「ちょっと! ボクが先に欲しいって言ってたんだよ。それもプレイする前に。後から図々しいんじゃないの?」
結城が三郎の手首を掴む。
三郎が負けじと目を細めて威嚇する。
「これさーやとあーくんが、がんばって取ったんでしょ? それなら一番貰う権利があるのはさーやじゃん。あんた見てただけじゃん」
そういうことか。
おこがましいかもしれないが、僕から譲渡するところに価値があるようだ。これ単品にさほどの値打ちはない。
2人共、ただの意地の張り合いでしかない。
しかし運悪く、これは1つしか輩出されていなかった。
どうする?
ひとまずこれは一緒にプレイした三郎に譲り、今度は結城とあのゲームに挑戦して景品をもう1つ吐き出してもらおうか。
ビニールの袋から取り出し、有名企業メーカーのロゴが描かれているタグシールを引っ剥がす。
かなり周知されている企業だ。
やはりこのレリーフは量産品の安物らしい。
ゲームセンターのプライズには、量産のアウトレット(型落ち)をリサイクルして景品にすることもある。
おそらくこれもその手合いだ。
タグシールを剥がした時、蛇の体がカチリと鳴った。
なんだ? 動くのか?
両端を持ち、指で少し圧力を入れてみる。
またカチリとして、両蛇の体が捻った。
あっ、もしかして……。
適切な方向へ力をかけると、今まで食い合っていた2匹の蛇が半分に割れた。
折れて破損した訳ではない。元から、離れるように出来ていたのだ。
いや、離して使うべき物だ。
ようやく理解した。
これは2つで1つだ。
中心を噛み合わせで繋げているに過ぎない。
本来の用途では、常態的には離れているのが正しい。
そして両端上部に付いている奇妙な金具、これも思い当たった。
クリップ式の耳留め金具だ。
これはレリーフではなくイヤリングである。
昔、結城が付けていたイヤリングがネジバネ式であった為、クリップ式の金具への知見が薄いので気付かなかった。
一般的なイヤリングのイメージも、流通量が多いのもネジバネ式やネジ式だ。クリップ式は一見して形状と用途が結びつかない。
装飾店のカタログかチラシで、クリップ式金具を見せられたことを思い出したのだ。
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