105.景品

「あーくん、具合悪いの?」


 脇に三郎もいた。

 胸の前で両手を重ねて心配そうに小首を傾げている。


「あぁ……平気だよ。なんでもない」


 彼もついさっき体調を崩していたはずだ。

 にも関わらず健康そうだ。

 僕と同じ症状ではなかったのか。

 先の血色の悪さなどおくびにも出さず、平然としている。


 やはり僕だけが知覚した。

 自分だけが被害者で、不条理である。


「またなの?」


 結城がハンカチで僕の汗を拭ってくる。

 知らないうちにかなり発汗していた。


「僕、どうなってた?」


「途中、いきなり宙を見上げてボーッとしてた。1分くらい」


「そっか、1分か」


 体感時間で30分は経過していた。

 実時間と体感時間のズレも、夢でよくあることだ。


 あのヘンテコなゲームは、とっくにゲームオーバーになっていた。

 操作手がいなくなったことで、主人公は惨殺されてしまったのだろう。


「ごめんね、ボクが変なゲームやらせたせいだよね……」


 結城が肩を落とす。

 彼を責めるつもりも怒りもない。こちらが罪悪感を覚えてしまう。


「結城のせいじゃないよ」


 ゲーム筐体の側面で、ガコンと音がした。

 落下音から、それほど大きくも重くもないと推察できる。

 そういえば景品が貰えるんだった。


 ちょうど機と捉える。

 2人から離れ、小走りに近づく。

 透明な上げ戸を開き、中を手探った。


 果たして、紙手触りの塊を掴んだ手応えがある。

 取り出してみる。

 縦20cm、横15cm、奥行10cm程度の箱状だった。

 黒字にポルカドット模様の紙で包装されている。


 ガンシューティングゲームのプライズだろう。

 敵キャラクターを3体しか倒せなかったが、一応景品はくれるようだ。

 箱の大きさのわりに軽い。

 振っても音はしない。詰め物がされているのか、よほど質量が少ないのか。


「あ、それゲームの景品? 中身なに? 開けてみてよ」


 結城と三郎がこちらにやってきて、僕の手にある箱に興味を向ける。

 それとなく期待しているようだ。

 内容物がガッカリさせるものでなければいいが。1プレイ100円のゲームでプレイ時間10分前後の特典なら、あまり原価の高い景品であるはずがない。

 せいぜい、筆記用具とか付箋とか缶バッチ、あるいはキャンディ数粒ということも考えられる。


 セロハンテープで留められた包装紙の重なりに指を入れて力を込める。

 綺麗に剥がれず、表面の模様が白の下地を曝(さら)け出しながら斜めに破れた。

 諦めてビリビリにしながら取り払う。


 包装紙の下から、真っ白い未印刷の箱が出てくる。

 それはプライズのヌードキャラメル箱だった。

 前後左右、何1つとして書かれていない。生まれたままの箱だ。


 おそらく紙工(しこう)工場から、未加工の物を安く仕入れ、その上から包装紙だけ被せたのだ。

 表面に印刷を施し、その商品専用の箱を発注するとコストがかさむ。未加工の物ならその分の原価は低下する。この景品専用のパッケージでないことは間違いない。

 この筐体の景品全てがそうなのかは分からないが、可能な限り安く済ませようとしたのだろう。


 元々、1プレイ100円だ。

 ただのゲーム筐体として稼働させたところで、コスト分を回収できるかも怪しい。

 もしかすると宣伝が主な役割で、採算度外視なのかもしれない。

 今後、新型を導入する為の前座、とか。


 不要になった包装紙をどうしようかと持て余していたら、結城がさっと受け取ってくれた。


 箱の上蓋を開く。

 中に気泡緩衝材、プチプチシートが詰められていた。隙間を埋めるためだろう。

 中身の商品とパッケージの大きさにはかなりの差異がありそうだ。景品取り出し口に落下した衝撃で、景品が破損しないようにという配慮。

 振っても音がしない訳である。


 気泡緩衝材も取り出していき、結城がそれも受け取り包装紙に包んでひとまとめにする。

 三郎が欲しがったので2枚ほど与える。彼はそれをひと握りで全て潰してしまった。

 嬉しそうなので、全部くれてやれば良かったか。

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