104.おぞましさ交じり合う
淀んで漂う赤紫の霧。
甘ったるい腐臭。
最初の金属音の他に、何かを叩き合わせる音や、甲高い動物のものと思われる奇声もしていた。
そして、そこかしこにおぞましい化け物が闊歩している。
目玉に生えた足だけで歩く奴。浮遊する巨大な唇。針金のように細くて黒い巨人。スーツを着て笑い続ける血まみれの猿。床を這いずる薬指。ゴム鞠のように跳ね回る心臓。蠢く肉塊。
あの赤黒の世界にいた化け物だった。
見たことのない化け物もいるが、こんな世界の住人事情など知ったことではない。
白昼夢も見る度に、異なる姿の化け物がいた。
もしかすると、全く同じ姿形はいないのかもしれない。
人間もまた、目鼻立ちが少しずつ異なるように。
だがここは、あの赤黒の世界そのままではない。
足を取られる血の地面も、真っ黒な空もない。
あちこちに大量の茶色い乾いた血痕はあるが、ほぼ血の沼であったあそことは似つかない。
この場の建物に限れば、元々いたゲームセンターと酷似している。
破壊の痕跡が著しいものの、置かれた筐体も床の模様も壁の掲示物も、内装はCGJゲームス仮心店そのものだ。
まるであの赤黒の世界から、化け物と霧だけ連れてきたかのよう。
もしも地獄が地上に表出したら、こんな感じだろう。
焦燥感と不安と体調不良もない。
多少の吐き気だけがある。このグロテスクな光景や臭いのせいかもしれない。
それ以外は至って健康そのものだった。
……どうなっているんだ。
赤黒の霧や世界は結城によるものではなかったのか。
それともあのおかしなゲーム機のせいなのか?
ふと思い出し、ポケットの中を探る。
高原境総合医療センターで、不可思議な女医に処方してもらった錠剤薬があった。
PTP包装シートを取り、水もなしに1粒飲み込む。
……別段、変化はなかった。
グロテスクな光景はグロテスクなままである。
即効性のある薬ではないのか。
あるいは、この光景は僕の精神とは全く無関係なのか?
辺りを見回しても、結城や三郎はいない。
砂嵐を映し続けるゲーム筐体前に、Psycho-Gestital-Modalityなるガンシューティングに最後に映っていた、あの皮膚がズル剥けた化物が数体座っていて狂喜しているだけである。
僕にはスノーノイズしか見えないが、彼らには何かが見えているのだろうか。
しきりにボタンやレバーを、壊れそうなほど強く叩いている。
もしかするとゲームをしている、あるいはつもりなのか。
この惨状を前にして、僕は至って冷静だった。
いや、麻痺しているのか。分からない。
白昼夢の時に湧き上がってきていた焦燥と恐怖。そのどちらもがあまりに薄い。
……むしろ、何故かこのおぞましい景色に、どこか安らぎさえ感じている。
自分でも不思議なくらいに。
異常だ。
明らかに感性にまで異常をきたしている。
精神に汚染を受けているに違いない。
この醜悪さに安心なんて感じるはずがない。
こんな……醜い世界に……。
覚めるなら早く覚めてくれ……。
こんな所に居たくないんだ……。
僕は……この世界が嫌いだ。
「あーちゃん」
呼びかけられて振り返る。
結城が僕の両肩を掴んで揺さぶっていた。
吐息がかかるほどに間近にいる。
「……結城?」
喧騒。ジャンクフードの匂い。電子音の奔流。
元の世界に帰還していた。
いつものCGJゲームス仮心店に他ならなかった。
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