103.接続

 大丈夫か、と三郎に言いかけて更に異変が起きた。


『オオォォォォォ……!』


 スピーカーから漏れるおどろおどろしい唸り声。

 画面の中で新しい敵キャラクターが現れていた。


 ことこの場において、もはやゲームなんかに注意を払っていられない。

 そう考え、目を離そうとする。

 しかし一瞬目視した光景に、自身の眼球の正気を疑った。


 新しく現れた敵キャラクターは、農夫とは全く関係のない容姿をしている。

 全身の皮が剥がれ落ちた、皮膚の下の肉が丸出しの人型の化物。


 人型……? 人……?

 人と呼べるのか、これは……。


 頭がやけに細長い。胴は樽(たる)のように太っている。

 手足はこれまた細いが、先端に向かってより細く鋭くなっていく。殆ど鞭だった。

 そして目玉や口や鼻があるはずの部位には空洞しかなく、ただの窩(あな)だった。感情一つ読み取れない。


 農夫たちのように左右に揺れるのではなく、体をくねらせ腕を振り回し、壊れたフラワーロックのように踊り狂っている。

 いや、その様はあまりに不気味であり、オモチャのような愛らしさなど欠片もない。

 ひたすらにおぞましい。

 悪魔のダンスだった。


 ただ、先ほどの農夫たちに比べて凄まじく鮮明で滑らかだ。

 粗い3Dモデリング製ではなく、最新のグラフィックス技術に産み落とされたかのように生々しい。

 生きているようだ、と言っても過言ではない。


 ……僕はその化け物に近しい何かを、以前どこかで知っている。

 どこだ……。

 そうだ。

 あの赤黒の世界の化け物たち……あれらに非常によく似ているのだ。

 形状以上に、雰囲気が。

 明らかにこの世の者ではないのに、この世の意匠をどこかに残している。そんなところが。


 そこまで思考を巡らせ、またも唐突な体の変調。

 急速に意識が遠のいた。

 ブレーカーが落ち家中の電気が切れた深夜の停電のように、ブツンと音がして視界が黒に染まった。

 明かりが消える寸前、こちらへ心配そうに駆けてくる結城の姿だけを捉えた。




 1分、2分、3分……と経っただろうか。

 暗闇と無痛覚。

 何の音も聞こえない。匂いもしない。温度も感じない。

 文字通り無だった。

 自分の肉体があるのかすら自信がない。


 僕の体は、重さのない水に浮いている。

 そう形容するしかなかった。


 五感の全てが逃げてしまった。

 何もない、という状態への恐怖心。

 宇宙空間の、それも星の光さえ届かない暗黒に放り出されたら、きっとこんな感覚なのだろう。

 意識を保ったまま虚無を漂うことへの恐れ。


 自分の体は気絶してしまったのだろうか。

 だとしたら今の自意識は夢の中にあって自覚しているのだろうか。

 少なくとも自己の存在は認識している。



 ふいに、鼻を甘ったるい匂いがついた。

 それはゲームセンターのジャンクフードの匂いに似ていたが、耐え難い悪臭だった。

 例えるなら、色んな果物と甘味料を混ぜ合わせ、ずっと放置して腐らせたような。吐き気を催す甘さ。

 そう、腐臭だった。


 やがて僕は、自分の視界が暗いのは瞼を閉じているせいだと悟った。

 目を閉じている感覚があったのだ。

 自分からそうした覚えなどまったくないのに。


 目を開く。

 そこはゲームセンターの中だった。

 同時に、スチールにヤスリを激しく擦り合わせるような、奇怪な金属音が耳に響き続けた。

 シャシャシャシャシャシャ……と。

 まるで誰かの笑い声のように。

 ずっと止まない。


 そこは元のゲームセンターのようであって、そうではなかった。

 ボロボロのオンボロだった。

 壁はヒビ割れ、電飾は砕け、備品が破損し、筐体の多くは稼働しながらも損壊している。

 数十年も人の手が入らず放置された廃墟も同然だった。


 だが電灯や家電の幾つかが生きて稼働している。給電されているらしい。

 受付横のポップコーン機の中身もあまり変色していない。

 風化の度合いが物によってちぐはぐだった。

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