102.トリガーヒュプノシスエフェクト
ゲーム画面は再びスクロールに戻っている。
廃村を進み、石造りの道に出る。
と、またスクロールが止まった。
今度は2人、農夫婦風の男女の組み合わせ。
やはりどちらもボロボロの格好だった。
それぞれ、農具を凶器に迫ってくる。
『ウゴォォォ……!』
「あーくんあーくん! また変な人が出たよ!」
三郎が僕の手を掴んでユサユサ揺する。
そんなに慌てなくても充分ゆとりはある。
まだ序盤だ。彼らは手心を加えてくれる。
攻撃頻度もダメージソースも、何もかもが低難度。
苛烈になっていくのはもう少し先だ。
ステージの進度と共に、徐々に高度なユーザースキルを求められていく。
最初から余裕のないプレイは迫られない。
そうでなければゲームとして成立しないからだ。
「僕が左を撃つから、さーやは右を撃ってくれるかな?」
農婦が緩慢な動きで、持っていた農具のピッチフォークを振り上げる。
レティクルを頭部に合わせて1発。
命中し怯んだが、金属音がして弾かれる。
彼女は頭にバケツのような大型容器を被っていた。
硬い防具で身を守っている場合は、銃撃してもダメージが入らないらしい。
腹部に1発。それでも倒れないので、胸部にも1発を叩き込んだ。
今度はしっかり出血表現があり、撃退扱いになる。
この奇抜なガンコントローラはー使いにくいものの、狙ったところに当てられない程でもない。
「えいえいえいえいっ!」
バスバスバスバスバス!
三郎は右側の農夫の男性に、6発をお見舞いしていた。大盤振る舞いだった。
4発外れて2発が着弾。
それでも農夫の男性はしっかりやられてくれる。
「えへへ~、今度はさーや1人でやっつけちゃった」
「凄いね」
農夫婦が倒れながらフェードアウトしていく。
消える。
電子音。表示される点数。合算される総合点。
その時だった。
ゴォーン……ゴォーン……。
異音が響いた。
鍾乳洞を反響する澄んだ音ではない。
それは、古く錆びた鐘の音。
眩暈を伴う吐き気がこみ上げてくる。
景色がめまぐるしく細振動する。
地震が起きたのかと錯覚した。
足元に浮遊感が生まれ、1cmほど浮いた錯感さえ起こる。
平衡感覚が消滅した。
それが10秒か20秒か。あてにならない体感時間で類推した。
再び、唐突に、意識は鮮明に戻った。
倒れるかと思う程の不調。
だがまたそれはいきなり治った。誰かに弄ばれているような勘繰りさえしたくなる。
しかし今度は完全に復調しない。
軽い吐き気と眩暈が残ったままだ。
しかも、目に映る景色全体に黒い半透明なフィルターが掛かったように暗い。
貧血か。
だが体に酸欠特有のダルさがない。
これに近い不調をどこかで体験したような。
「うっ……おえっ……」
隣にいる三郎はもっと深刻だった。
顔色が青く、頭が左右にゆらゆら揺れる。指から力が抜けて、持っていたガンコントローラーを落とす。
口元を手で抑え、今にも嘔吐しそうな様子で蹲(うずくま)った。
このゲームの画面エフェクトが何らかの影響を与えてきているのだろうか。
人間の五感はその大部分を視覚に占められている。
目という感覚器が受け持つ情報量は、嗅覚や聴覚より遥かに多い。
その一方で、非常に鋭敏でちょっとした刺激にも反応しやすい。
もしこのゲームの演出に、そういった刺激が含まれているのなら、知らず知らずのうちに負荷を受けているかもしれない。
三色灯や閃光の連続、フラッシュなど。
目に映る限り不調を促す表現はなかったが、意識的に認識できない刹那や、視認して自覚できないほどの弱い発光などがあるかもしれない。
それが原因で起こる光過敏性発作、とか。
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