89.モダン

「ねぇ、こっちはどう?」


 カーテンが再び開けられる。

 先ほどの湖面に落ちる水滴が如く落ち着いた浴衣に比べ、ガラリと趣を異にしていた。


 やや濃い目の赤……今様色とも言うべき淡い紅色。

 青藍色より明るいが、下品にならない程度にスっと目に入り印象に残る。

 全体には菊の花が散らされていた。


 先ほどとはあまりに正反対な色合いに少々面食らってしまったが、形状も奇抜な部類である。

 上半身は一般的な浴衣と差異がないものの、腰から下がフレア状になっている。

 足元に向かって狭まるのではなく、スカートのように広がっているのだ。


 いわゆるミニスカート浴衣などに見られる形で、結城の選んだそれの丈はひとまず膝まで隠れているが、種別的には同じ物だった。

 また普及して目にする機会が多いミニ浴衣に比べて、丈が長いのも珍しい。露出は控えめだ。

 どことなく巫女装束や紋付袴を彷彿とさせる。


「変わったデザインだね。華やかだけど」


「モダンっていってよ。さっきは普通の浴衣だったでしょ。趣向が違う方が、方向性を選びやすいかなって。フレアならミニ浴衣にしようか迷ったんだけど、あれ肌が出過ぎるし。虫にも刺されやすいし」


「なるほど。型紙だけ大まかに決めてから色や模様は後からってことか。でもかえって片方を選ぶと片方を諦めるみたいになりそうで、選びにくいな」


「あはは、そうかも。普通の浴衣もフレア浴衣も、どっちも自宅のクローゼットにあるんだ。だから今日は、今日の気分に合った方にしようと思ってる」


「今日の気分ねぇ……」


 どっちにしようと、どっちにも良さがある。

 どれを着たところで、結城はそれなりに着こなしてしまえそうだ。

 そうなると、こちらだあちらだと決め難い。


 浴衣は比較的サイズ差の許容に幅がある。Tシャツやスカートなどの洋服より、胸囲やウエスト周りの制限が緩い。

 しかし女性のボディラインを意識した浴衣であっても、彼の着こなしに違和感は殆ど生じなかった。

 少年であるがゆえに胸部の膨らみはないが、和服自体の構造上気になるものでもない。


 似合う似合わないで判断すると、僕の鈍い審美眼は似合うで一括りにしてしまうだろう。

 加点方式にすると利点の喪失が目に付きやすいかもしれない。

 減点方式で欠点の多い方を削った方が、普遍的な美の基準から離れにくいだろう。


「どっちが良い? 綺麗なボクと、可愛いボク」


「地味な結城と子供っぽい結城か」


「何で悪く言うのさ」


「褒めると盲目になるから」


 結城は少し得意げにふぅんと唸る。


「ボクの美しさに目が眩んで理性的な判断が出来ないって訳だ。減点で選ぶのは構わないけど、最後にはちゃんと褒めた方が後を引かないと思うな。お互いにね。マイナスのことだけ言うのって失礼じゃない」


「お世辞は考えておくよ」


「期待してる」


 彼はカーテンを半分だけ閉め、


「3着目は……ちょっとイロモノ、というかおふざけ。でも一応見てね」


 おふざけ、とはなんだろう。

 よほど奇抜な浴衣なのか。コスチュームプレイ的な遊びという意味なのか。



 ふと三郎がどうなったか気になった。

 視線を女性物浴衣の棚の方へ向ける。


 小柄な彼が少しでも屈んでいるとまったく見えない。居場所が分からない。

 それでも時折、特徴的な色素の薄い髪の、額から上がちらちらと動いているのが確認できる。

 いまだ選定できないようで、棚の端から端を行ったり来たりしている。


 次に結城が試着室から出てくるまで、それまでより時間がかかった。

 体感時間で15分くらい。

 ただボーッと待っていたので、実際はもう少し短いかもしれない。


 ちょうど待ち疲れて携帯電話を取り出そうというタイミングで、カーテンが開かれた。


「これ、どう思う?」


 3着目に彼が着て出てきたのは、形自体は最初の浴衣とあまり変わらなかった。

 少し布地が重そうなものの、スタンダードな浴衣である。


 色は暗い紫地。

 全体に白線の四角が重なるように引かれ、内側にクロッカスが大きく描かれ、外側に花びらが舞い散っている。


「へへ……どう? どう?」

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