84.ノープラン

 住宅街を数回曲がった先、県道に出る。通称にうろ。

 仮心市を起点、隣の形成市が終点。陸上距離およそ20km。

 車線幅は、国内規格ド真面目遵守の3.5メートル。


 起点の仮心市を交点とする先は、形成市とは逆方向のぜん概市へと続く主要地方道である。

 元々この県道は旧国道内にあり、主要な地方道の交点は国道か主要地方道が大半である中、一般県道が交点となる珍しい作りをしているらしい。


 3キロ先で新国道が開通し、表記上は旧国道となった。

 県道名で呼ばれることはあまりなく、「旧国」あるいは「にうろ」の通称で呼ばれていることが多い。


 にうろとは、現在は使われなくなった仮心市を内包する地方の方言に由来するようだ。

 元の意味は分からない。あまり良くない意味らしいが。

 使われなくなって久しく、既に町一番の長寿な3丁目のお婆さんですら解せないほど失われた言語と化していた。

 分かるとしたら、せいぜい郷土資料館や図書館の文献くらいだろう。

 みんなが意味を分からず、だがみんなが呼ぶという理由だけで、この道はにうろと呼ばれていた。


 しかしながら、旧国道とされながらも、いまだ市民の交通の大動脈として機能している。

 新国道がバイパスと連絡することを嫌ったり、道路上に商店街もあるので、むしろこちらを愛用している市民もいまだ根強い。


 特に、これからデートへ繰り出す3人の少年たちにとっては都合良いこと極まりない。



 2車線の車道を挟んだ両側に、舗装された幅広の歩道がある。

 車道と歩道の境界は分厚く高めのガードレールと、等間隔に並んだ街路樹によって保護されていた。

 見通しは良くないものの、ある程度の安全性は信頼できる。


 一昨年酔っ払い運転のワゴン車が車線外へ突っ込んだ事件もあったが、ものの見事にガードレールと街路樹が受け止めた。

 運転手が多少の打ち身をした程度で、他に死傷者はいなかった。

 とはいえガードレールの湾曲破損が起こったので、歩道の事故現場付近を人が歩いていたらどうなったか分からない。

 そういう意味では、頑丈な防護策が施されても見通しの悪さはマイナスになっている。


 事故の懸念はひとまず置いておき、景観は良好。

 街路樹が海から飛んできた大気中の塩分を吸ってくれるので、空気も澄んでいる。

 ざらついた滑り止めの付いた赤レンガ組みの路面も歩きやすい。

 散歩に最適で、ジョギングコースとしても好まれるくらいである。




 旧国道に出て、最初に認識したのは祭りの音だった。

 笛、太鼓、鈴の音。それに人の声。

 既に車山蔵から発進した山車があちこちを練り歩いているのだろう。


 大工仕事の音も聞こえない。

 祭り本番当日の喧騒が、どことも知れない、それほど遠くもなさそうな場所から届いてくる。例え姿が見えなくても、どこかで移動と演奏を続けているのだ。


 結城が隣りを歩きながら、首を傾げて下から覗き込んでくる。


「さーて、デートって言っても……どうしようか? 神社の盛り上がりも夕方からだものね」


「ノープランだったの?」


 ブッキングデートの提案をしたのは他ならぬ結城である。

 自発的に話を持ちかけたのだから、何かしら自分に有利な作戦でも用意しているのかと。あの手この手搦手で。

 それこそ僕の考えが及びもしないような。


 常に用意周到、準備万端を期する彼らしくない。

 それとも、しばらく街を離れていた三郎に対して、ホームグラウンドも同然なこの街で負ける訳がないと自負しているのか。

 三郎はどこにいっても敵だらけだろうが、結城にとって街は味方だらけだ。


「し……仕方ないじゃない、唐突だったんだもの。あーちゃんとデートするって分かってたら、1週間前からデートコースを練って下見だってしてたよ」


 結城が腕組みをして顔を背ける。

 僅かに照れが表情に現れていた。

 やはり成るようにした末の成り行きらしい。


「そ……そっか」


「どうせ商店街に向かって歩いていけばなんとかなるよ。遊び場なんて幾らだってあるんだから。お祭りもあるんだし。それに1対2の変則デートなんて、どうやって考えれば良いってのさ」


 彼が眉根を寄せて、細めた目で忌々しげに三郎を軽くねめつける。

 何にでも下準備に重きを置く結城は、それについても彼が気にくわないようだ。


 とりわけこのような不可思議な形態でのデートプランなんて僕も思いつかない。

 結城にしたら「なんでボクが三郎を楽しませなければいけない」という苛立ちもあるのだろう。

 もしこうなることが分かっていれば、十重二十重の罠さえ仕掛けたかもしれない。


 そんな敵意を向けられても三郎はびくともしない。

 小走りに前を走って、両手を嬉しそうに広げる。


「さーやはぁ、あーくんと一緒に居るだけで楽しいよぉ」


「あ……うん……」


 結城のガン飛ばしに気づかぬ筈はない。

 それを全身に浴びた上で、一見すると子供のような無垢な笑顔。

 敵地のど真ん中だろうが砲煙弾雨の渦中だろうが知ったこっちゃないという意思表示。

 どんな苦境でもマイペースは崩さないぞと。

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