83.ピリピリ空気鍔迫り合い

 家の敷地を出てすぐに、結城と三郎の待つ姿があった。

 彼らは家内の時とうって変わり、特に喧嘩もせずに暇を潰していたようだ。


 しかし、その待機が温和でもないことも明らかである。むしろ3人揃っていた自室内の時の方が空気が緩い。

 静かに待っているのではなく、一言も発していないらしかった。

 

 門扉を挟んで、右に結城が左に三郎がやや離れた位置にいる。三郎は後頭部の後ろで腕を組み、壁に寄りかかって浅く瞼と口を閉じている。結城は化粧コンパクトの鏡を覗き込みながら、顔肌の具合を確かめている。


 お互い2人でいても、配慮をした世間話すらしていないようだ。相手へあえて関心を向けないようにしているあたりが、口喧嘩をするより不仲を思わせる。

 好きの反対は嫌いではなく無関心であるというように。馴れ合う気はないという暗黙の意思表示。


 この険悪な空気の起因が自分であるとしたら、罪悪感を持たずにはいられない。


 静かでありながらピリピリした空気の中で、僕は努めて明るく声をかける。

 ひきつった笑顔のまま。


「……遅くなってごめん。行こうか」


 2人が同時に左右からさっと近づいてくる。

 どちらも笑顔の猫なで声で。


「もぉ、遅いよ、あーちゃん。日に焼けてシミが出来ちゃう」


「全然待ってないよぉ。さーや、あーくん待つのだぁい好き」


 不機嫌なほどの無表情はなりを潜めた破顔。

 瞬時の豹変に女性の負の変わり様を感じ、背筋に冷たいものが走る。


 しかも2人は一声返した後、お互いを冷たい視線で牽制し合った。

 そこに僕に対する情の10分の1も込められてなさそうだ。


 なんだか腹の下の奥のあたりがチクチク痛む。


 三郎が挑戦的な横目で結城を見やる。

 刺のあるねっとりした口調で、


「あーららぁ、ちょっと遅れたくらいでそんなに責めるんだぁ。あーくんカワイソ」


 結城は小さく鼻を鳴らして応戦する。

 ひらと振った片手も嫌味たっぷりに。指先の当たった二つ結びの髪先が揺れる。


「べーつにぃ。ボクたちは気の置けない関係だから、これくらい普通じゃないかなぁ。相手を気遣いすぎて距離感が生まれる時期は、とっくに過ぎてるんだよねぇ」


 対抗心を燃やすというよりは、自らの格を大きく見せるような態度。あなたと同じ土俵には立たない、と。

 それがより陰険さを醸し出している。


 しかし珍しい。

 結城は元来、あからさまに目に見える形で相手を牽制や威嚇したりしない。

 気分を害しても、表面上は取り繕い、ニュアンスで嫌味をぶつけるタイプだ。


 それだけ三郎を危険視しているのかもしれない。


「あぁ? …………ふん」


 一瞬、地が出そうになった三郎だが、顔を背けただけだった。

 そこで突っかかる方が、度量が低く見積もられると推算したのだろう。

 維持の張り合いだった。


 場の温度が下がらなくてホッとした。


「さ、行こ。あーちゃん。デート楽しみだね」


 結城の一言に促され、歩き出す。


 いつ破裂するとも知れない爆弾2つとのデートが始まった。核爆弾より扱いが繊細で複雑で、危険性はTNT換算不能な世界を愛の焦土にしかねない威力の、少女の形をした少年たち。


 複数を相手取り、八面六臂の大立ち回りで場を取り持つ、自信はない。彼らを傷つけず……なるべくなら僕も傷つかず、誰かを選んで答えを出したり、穏便な関係に着陸したり。


 そんな落としどころは、いまだ見つからない。





 自宅を出て、なんとなく商店街方向へと歩いていく。

 その間、結城も三郎もしきりに僕へ話しかけてくる。


 最初は、投げられた言葉をもう1人へと繋げ、上手く2人が良好な関係を築けないかと試みていたのだが、瞬く間に精神が衰弱していってしまった。

 なにしろ、2人共僕を挟んで僕へ話しかけても、お互いに会話をやり取りする気は微塵もないらしい。


 とにかく僕にばかり言葉が集中砲火する。

 結城が今朝のニュースの話をしている最中に、三郎は自身の近況について語り続ける始末。

 同時に全く違う話題で会話が続くので、脳の処理が追いつかずにしんどい。

 徐々に受け答えが煩雑になり、ついに口から相槌しか出なくなる。


 途中、結城が異変を感じたらしく、気を遣って三郎へも自発的に会話を投げたのだが、彼はそれを完全無視した。

 「あんた今どこに住んでんの? 帰省先じゃなくて現住所」「ねぇ、あーくん。このポシェット可愛いでしょう?」といった具合に。

 それが3度ほど続いた後、結城もまた呆れたらしく独演へと戻ってしまった。


 別々に2人相手をしていると、胃に穴が空きそうだ。

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