82.デート日和

 彼ら2人、どちらも決して穏健派ではない。

 その気になれば、議論台を蹴っ飛ばして拳に訴えかけることさえ辞さない。

 少なくとも三郎はそうだ。結果へ向かう為の手段の1つに痛みを伴う選択肢がある。

 結城とて、49日前のあの日を思えば、何をするか分かったものではない。


 不味い、と思う。

 これは、勝ちました参りましたで済まないのではないか……。

 仮に凄惨なスキンシップに発展するのならば、おそらく僕は結城につくだろう。三郎に味方する義理もない。

 だが2人がかりでも鬼三郎を押さえつけられる勝算は低い。


「どうする気? さーや、あーくんを悩殺する自信はあるけど……あんたを”悩殺”するのだって難しくないよ?」


 下から厭らしくねめつける三郎。

 口だけでなく、実際に彼からしたら、1歩踏み込んで腰を捻るままに拳を突き出した方が早いのだろう。


 挑戦的な目を向けられても、尚結城はドライに鼻で笑う。

 彼は彼で胆力がどうかしている。


「ハッ……原始人じゃあるまいし。力こぶの大きさで物事決めようなんて野蛮だね。ね? あーちゃん?」


「え……あ……あぁ、うん……」


 結城のあまりに侮蔑した態度に、三郎がブチギレるのではないかとヒヤリとする。

 しかし三郎は思いの外、冷静に話を傾聴していた。

 僕の様子を見て、態度を改めていたようでもあるが……。


「そうだね……今日はちょうど鬼祀りの日。デートをするには絶好の日和。ダブルデートならぬブッキングデートで、ボクとあんた、どっちが相応しいかあーちゃんに決めてもらいましょう」


 なんだそりゃ、と言いかける。

 三郎にとって、乗っかる利点がない。


 そんなまどろっこしいことをしなくても、彼は勝利の手札を1枚多く持っているのだ。

 それも1度切ればこちらは強制的にゲームオーバーのバランスガン無視のジョーカーを。


 デート対決……。

 勝敗も徹頭徹尾個人感情に左右される曖昧な勝負方法。わざわざ相手の提示する土俵で立ち会うだろうか。

 恋愛の白黒を付けるには適しているかもしれないにしても。


「…………」


「どうしたの? もしかして自分に自信がない、とか?」


 結城がさらに挑発する。

 あぁ、やめてくれ……。

 君が着火しようとしているのは台所のガスコンロなどではなく、ダイナマイトの導火線なのだ。


「……あーくんは、そっちのが好き?」


 三郎が視線をこちらに投げかけてくる。

 初めて見せる戸惑いを含んだ瞳の色。


「あ……あぁ、うん……平和的で、理想的じゃないかな」


「分かった。望むところよ。あーくんは絶対にさーやを選ぶわ。さーやだって昔馴染みなんだから、負けないよ!」


 三郎は視線を結城に戻し、決意の敵対心を現わにする。

 そこに殺意が込められていないことに、僅かばかりほっとした。

 あくまで鬼三郎ではなく、さーやとして対立するようだ。


「じゃ、それで決まり。あーちゃんも出かける準備して」


 当事者の中で僕の決定意思だけは汲まれていなかった。

 だが抗ったところでどうとなるでもない。

 嵐の風に翻弄される小石は自分の転がる先など選べないのだ。




 2人が外に出てから、数分遅れて僕も家を出る。

 結城はデートなどと言っていたが、オシャレをしている猶予もない。

 着の身着のままで財布と携帯電話と自宅の鍵だけポケットに突っ込む。

 2人を目の届かない場所に置いておく不安と、逃げ出したい忌避感がない交ぜだった。


 玄関に来てたまげた。

 薄々予感していたが、玄関扉はものの見事に全壊していたのだ。

 セラミックや合金で出来た、生半可な衝撃では損壊しないはずの扉が、土間と式台と廊下に橋渡し横たわりくたばっている。

 息はないようだ。


 ど真ん中にスレッジハンマーでブッ叩いたような凹みがあり、それが破壊衝撃の原因だと知れた。むろん、ハンマーなどその辺に落ちてない。

 あるのは根こそぎから引っペがされた蝶番とガードアーム。それに粉々の建材。

 人の業とは信じがたい。


 玄関扉があったはずの場所の先は、壁のようなもので封鎖されている。

 外側から何かが立ち塞がっているらしい。

 隙間は上部がほんの僅かに開いているだけ。かなり大きい何かだと容易に予想できる。

 材質は白い塗装がされた金属のようだ。そこそこ年季が入っている。あちこち剥げと錆びがあった。

 試しに軽く押してみるが、いったい何トンあるのか、まったくビクともしない。


 何で塞がれているんだ?

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