80.せっかく!せっかく!!せっかく!!!

 住所を教えていない。

 学生名簿か何かで調べられたか……。


 卒業アルバムをパラパラと捲る。

 終端部付近に、卒業生の住所と電話番号が書いてあった。

 「同窓会しようね」などと呑気な手書き風の文字が記載され、その余計な配慮のせいで個人情報がダダ漏れだった。

 地元のごく親しい父兄に配られたが故の、余計なお世話だった。


「あーくん? 居るよね、あーくん? 入れてよぉ」


 鼻につく甘い声。

 窓は閉め、屋外にいるにも関わらず、妙にハッキリ聞こえる。

 口調に似合わず、それだけの大声が喉から発せられているのだ。


 ……駄目だ、怖い……無視しよう……。


 布団を頭から被る。

 視界を奪う暗闇が、僕に安心を与えてくれた。


 玄関は施錠されている。今日も両親は不在だから、僕以外に応対する人間がいない。

 自宅に誰もいないと分かれば三郎も諦めて帰るだろう。


「あーくん? 居るのー? 居ないのー? 入るよー?」


 ……入るってなんだ?

 玄関は閉めた。閉めたはず…………本当に閉めたっけ?


 ガーーンッ!


 筆舌に尽くしがたい重低音が響いた。

 金属で金属で殴りつけたような。


 まさか玄関扉を……?



 誰かが屋内に入り、1階を歩き回る気配がする。リビングや和室に入っては、一見だけして他所に移るを繰り返しているようだ。

 調べ尽くしたのか、やがて足音が階段を上ってきた。


 ガチャリ。

 ドアが開かれる音。

 隣室ではなく、紛れもなく僕の自室のドア。


「あー、やっぱり居たぁ。酷いよぉ、無視するなんてぇ」


 その声は明らかに距離1メートル未満で発せられた物だった。


 布団が剥ぎ取られる。

 瞳孔を焼く昼の陽光。暗闇の砦が崩れ去り、全身が明かりの下にさらけ出される。


 昨日出会ったあの少女……もとい三郎が眉をひそめてこちらを見下している。

 その容姿は小柄で不満げな童女そのものであるが、彼の正体を知った以上、外見そのままの印象を受け取ることなどできない。


「ご……ごめん、ちょっと眠くて……。そ……それで、何か用?」


 ベッドの上で座り直すフリをしつつ、枕の横に転がっている目覚まし時計を取り、後ろ手に隠す。

 彼に危害を加えられそうになった時、丸腰のままでは不安だ。

 こんなプラスチックの塊で鬼三郎の頭をかち割るとも思えないが……。


「はぅぅ、せっかく久し振りに会ったのにぃ、あーくんつめたーい」


 三郎が両手を胸の前に合わせ、さも落ち込んだという動作を仰々しく行う。

 彼が三郎だと分かっている以上、それは可愛らしいなどと思わない。ただただ不気味だった。


「…………」


 彼は一転、笑顔を浮かべる。

 唐突すぎる感情の変化のせいで、より不自然で演技じみている。


「んふ、あーくんお久し振りぃ。4年ぶりくらいかなぁ。さーやねぇ、夏休みになったから、この街のバーバのところに帰省しに来たんだぁ。それでぇ、せっかくだからあーくんのお顔も見たいと思ってたのぉ」


「そ……そうなんだ……」


「ねーぇ、せっかく再会したんだから、どっか遊びにいこーよー」


 せっかく、せっかく、せっかく……何度も連呼されると余計に胡散臭い。

 それが副次的な目的でないと赤ん坊だって分かる。

 祖母の家に帰省という動機も嘘くさい。

 最初に会った時に『あーくんを探していた』と自分で言ったのを忘れているのか。


「あ……あのさ……」


「なぁにー?」


「何で、僕のところに……?」

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