71.恐怖心過多
よくよく目を凝らすと、ノイズ塗れの画面の中に人影のような形がある。
それが本当に人間なのか断定はできない。
だが薄らと、人の形に見えないこともない。
テレビのノイズがちらつく。
その光に照らされて、彼の周囲に散らばっていた何かが鈍色に反射した。
ギョッとした。
たくさん散らばっていたそれは包丁だったのだ。
我が家の台所にあんなに包丁があったのだろうか。
あったとして、何故あんな無造作にばらまかれているのだろう。
そしてその包丁の刃はどれも、歪にひん曲がっていた。
カタッ……。
ふいに手がドアノブに触れ、物音を立ててしまう。
知らず知らず身を乗り出そうとして、当たってしまったようだ。
「ダレか、いるの……?」
結城が振り向こうとしていたので、音を立てないように慌ててドアから離れる。
「……あーちゃん?」
不味い。
何がどう具体的に不味いのか説明はできない。
ただ、深夜も2時を回る時間に、あのような不気味な様相で独りいる彼が正常だと考えられない。
何か、知ってはいけない闇を垣間見た気がしたのだ。
まかり間違っても、「こんな夜遅くに何してるの?」なんて聞けやしない。
そっと、そっと後ろ向きに廊下を戻る。
幸い、結城の動きは緩慢だった。
忍び足で後退しても、彼が廊下に出る前に階段まで辿り着くのは訳ないはずだ。
……急に駆け出したりしてこなければ。
ヒタ……ヒタ……ヒタ……。
こんな時に限って、廊下の板張りを踏む素足が妙にペタペタする。
ドアから漏れ出た光、結城の細長い人影。
少しずつ伸びているのは近づいてきている証拠だろう。
夢の巨大な彼の姿が思い出させられる。
階段に着いた。
間に合った。
後はゆっくり上るだけだ。
ザ……ザ……ザザーーーーーーーー……。
その時、階段横の1室。
来客を接待する時にも使う和室に置かれた旧式のテレビが点灯した。
奥行ばかり厚みがあり、画面自体は小さいブラウン管。
何故!?
和室は無人だ!
誰もテレビに触っていない!
いきなり電源が入った!
画面はやはりスノーノイズだけが映し出されている。
体が硬直する。
驚きで足がすくんでしまった。
視線も和室のテレビに釘付けになる。
その場にいるのが不味いと分かっていた。だが目が離せない。
深夜の暗がりの中、予兆もなく点いて光を放射するだけのそれ。
古いホラー映画を思わせる不気味さ。
今にも幽霊が出てきそうだ。
果たして幽霊は、映った。
非常に粗い映像。
だが、紛れもなく少年の上半身が映っていた。
それは……血塗れの僕自身の姿だった。
目から流れているのは出血なのか涙なのか。
彼の唇が動き何かを言ったようだが、聞こえない。
あるいはノイズ音にかき消されたのかも。
……警告? 謝罪?
そんなニュアンスが含まれていた……かもしれない。
「何、してるの?」
廊下に結城が立っていた。
居間から僅かに漏れる灯りが、右半身だけをチラチラと照らしている。
人形のような、無機質な無表情。
何の感情もない、ガラス玉のような瞳でこちらを見つめていた。
ぶつりと後頭部の奥で線が切れた音がした。
視界がグルンと回る。
それは眼球運動だったのか、僕が倒れ込んだせいなのか、最後まで知る由もない。
結城、テレビに映った僕、廊下、それらが渾然一体となってミキサーされた。
バタンッ……。
瞳が閉じられ、真っ黒な光景の中で、自分が昏倒した音だけが耳に残響した。
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