70.雑音談話
「すぅーー……ふぅーー……」
深く息を吸って吐く。
体内酸素を入れ替える。
遅い呼吸によって動悸を抑える。
気持ちを鎮めるにはこれが一番手軽で効率的。
激しいアクション映画や息の詰まるホラー映画を観た時に似た緊張感が、解けていく。
力を抜ける安全さに、強張りが融解する。
深呼吸で気付く。
酷く、喉が渇いている。
冷房の残涼もあるし湿度も高くないはずだが、口の中がカラカラだ。
「…………」
再度、寝付くのに一杯の水が欲しい。
室内に飲料水はない。
布団を足で蹴って横に退け、ベッドから降りる。
切れた冷房のスイッチをもう一度点け、タイマーをセットしてから部屋を出た。
しんと静まり返った2階の階段を降りる。
気温は低くないが、床が妙に冷たい。
13の階段を降りきると、家のどこかから、何かぼそぼそとした音?声?が聞こえてきた。
それに変な雑音も。
……居間かな?
今に通じるドアの半透明なスモーク越しに、内部で灯りがついているように見えた。
僅かに白と黒で明滅している。
ドアノブに手をかけると、より明確に聞こえる雑音が雨音に似ている気がした。
ザーーーーーーーー……。
ノイズ?
声は結城?
ドアをそっと少しだけ開ける。
「……!?」
ギョッとした。
居間のテレビの前に、結城が体育座りでポツンと座っている。
そして何かぶつぶつと呟き続けているのだ。
周囲には何か散らばっているようだが、ハッキリとはわからない。
それだけでも異様な光景だが、テレビ画面が映しているのもただの砂嵐だ。
受信の信号レベルが低下した時に映る、スノーノイズ。
……あれ? 砂嵐?
うちのテレビは地上デジタル放送だ。
受信する番組がなかったとしても、砂嵐なんか映らない。
じゃあ……あのノイズは何なんだ……。
「……そう。そうなの。今日のこと。夕方? ううん、お昼頃かな……」
結城は、テレビの砂嵐に向かって話しかけてるのか?
こちらに背を向けていて後頭部と背中しか見えない。
しかし視線は画面の方を向いているように思われる。
「嫌になっちゃうよね……せっかくあーちゃんとの関係が修復されかけてるのにさ。変な横槍が入って。嫌だなぁ、嫌だよ、本当に嫌。何だか顔見知りみたいだったし……」
誰だ?
誰と話しているんだ?
……それとも何と?
「え? 妬いてる? まさか、そんなんじゃないよ。でも、この穏やかな日常にヒビが入ったら嫌だなぁって……ゆるやかな毎日だって幸せなんだもん……。朝あーちゃんを起こして、昼はご飯作ってあげて、夜はおやすみって。そんな何気ない日常が永遠に続いたら、それは幸せだって……そう思わない?」
当然、砂嵐は結城に返事をしない。
だが、彼には誰かの受け答えが聞こえているかのようだ。
僕には、テレビ画面はただのノイズにしか見えなくても。
「きっと愛ってね、目に見える物なんだよ。誰かの為、自分の為、行動の1つ1つが自分とその周囲を変質させる。心の有り様で、自分も相手も……きっと世界だって形を変えていく。それは目に見えないくらいの微細な変化だとしても。恋をすると世界がバラ色に見えるんじゃないの。恋をして行動することで、世界がバラ色になるんだ。みんな、そのことに気づいていないだけなの。だからボクは……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます