61.ハンバーグ
十二分に湯遊びをし満足したらば、風呂場から洗面所へ出る。
バスタオルで頭の先から爪先まで、水分をしっかり拭き取る。
棚にあったパジャマに着替える。
着慣れた水色ストライプの寝間着。
ドライヤーで適度に髪を乾かし、スリッパを履いて洗面所を出る。
ペタンペタンと間抜けな足音。
スリッパのゴムが床を踏みしめる。
洗面所からキッチンに続くドアを開ける。
ふわっと、食欲をそそる調理の匂いがする。
トントントントン。
台所には包丁の刃がまな板に当たる、小気味良い音が響いている。
キッチンのワークトップ前に、エプロンをかけた結城の後ろ姿がある。
手際よく、手馴れた様子で何かを調理している。
今日の夕飯は何だろう……。
鼻をくすぐるジューシーな香ばしさ。
この匂いは肉料理だろうか。
牛肉……いや、豚肉を焼いているような匂いだ。
それに甘酸っぱいこれは……ケチャップに近しいソースの匂い?
そうか、今日はハンバーグか。
挽肉料理は大好きだ。
特にハンバーグはミンチ肉の歯ごたえも、滴る肉汁の旨みも大好物である。
思えば、ここしばらく食べていなかった。
「ゆう……」
後ろから声を掛けようとして、言葉が詰まる。
……豚肉でハンバーグ?
ポークハンバーグというのもあるが……うちではいつもは牛肉だったはず……。
何故だろう……嫌な感じがする……。
息が詰まる。
肉の匂いが、酷く狂わしい臭気に感じる。
「あラ、お風呂カラ出たンだアーちャン」
結城が振り返る。
紅かった。
全身が真っ赤だった。
ペンキを塗ったくったように、ただひたすら深く深く真紅だった。
口だけが異様なほど大きく、三日月に裂けていた。
「ご飯、もウちょットで出来ルカら待っテてネ」
声が、三重四重に反響する。
慣れ親しんだはずのそれが、頭痛を引き起こすほどの不協和音として脳みそを揺らす。
キッチンは、窓から差し込むオレンジの一色に満遍なく照らし出される。
揺らぎのない、光の粒子が止まった異常な夕日。
その中で、台所のあらゆる家具や食器が黒に塗りつぶされている。
コンロが、水栓が、蛇口が、シンクが、シルエット同然のただの黒に。
あぁ、これは、49日前のアレと同じだ。
もう気のせいなんかでいられない。
夢か現(うつつ)か判然としないが、完全にあの現象がぶり返している。
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