53.-挿話-狂犬
立ち去りかけたその時、誰かが三郎に近づいてきた。
公園の入り口から入り、ゆっくり歩いてくる。
柄の悪い男だ。
着ている白スーツは上等だが、どこか古びている。
シャツのボタンを外し、露出した胸元に金のネックレスを幾重にも提げている。
オールバックの髪型。
やや痩せこけた頬と無精ひげはあるが、端正な顔立ちで二枚目と三枚目の中間くらいの男前。
だが鋭い眼光は赤子も泣き出すほどに、堅気のそれではなかった。
彼の接近を察知して三郎も起き上がる。
相対距離5メートル。
男が立ち止まる。
「…………」
三郎が私の時とは打って変わり、甘い猫撫で声を出す。
「えぇ~、なんですかぁ、お兄さぁん? もしかしてナンパですかぁ?」
ドンドンッ!
男がいきなり懐に手を入れ、抜き出した拳銃で2発を発砲した。
街中で、住民の目に晒されそうなこんな場所で、消音装置も着けず。
乾いた、しかし重い銃声だった。
銃口は三郎の胸元を狙ったはずだが、弾は何故か背後の柱にめり込む。
彼は体を緩く左に振っただけで、早く動いたようには見えない。
「鬼三郎ォ!!」
「ケケッ……!!」
下品な笑い声が三郎の口から漏れる。
その瞬間、ベビーフェイスが崩れ、悪魔じみた笑顔が浮かび上がった。
ドンドンドンドンッ!
男が全く動揺なく、4発を連射した。
それより速く、三郎が座った姿勢から超低空タックルの要領で全身を突進させる。
地面を滑るように移動した。
遠目から見ても、体の部位がどのように駆動したかも確認できないような速さで。
彼を追った4射が、軌跡だけを貫く。
男の左足に組みついた三郎が、彼を簡単に引き倒す。
細腕からは信じられない怪力だった。
男が顔面を激しく強打する。
そのまま容赦も躊躇もなく、三郎は男の足をへし折った。
ベキッ!っと。
木材とも鉄材とも付かないカルシウムの破砕音。
技もへったくれもない、尋常でない筋力で圧力を加えただけだ。
男の悲鳴が轟く。
屠殺する家畜よりはまだ高いくらいの声で。
三郎がさらに男の右腕を掴み、力任せに肘関節と逆方向に骨折させる。
バギッ!っと。
耳を塞ぎたくなる痛ましい音。
男が口から泡を噴きながらも、体を捻って銃を三郎に向ける。
その銃口を三郎が手の平で覆う。
「おおっと、無駄無駄。拳銃ってのは6発しか装填できないんだろ? 西部劇映画観て知ってるぜ。で、お前、誰だ?」
「……このバケモンがぁ……くたばれ! 死んじまえ! 地獄に堕ちろ!」
「口からきたねーもんぶちまけんなよ。誰かって聞いてんだ」
ベリッ!っと。
三郎が男の耳を掴み、いとも容易く引きちぎって、捨てる。
悲鳴。
それでも激痛で気絶せず、尚も怨念のこもった目で三郎を睨み続ける男も、まともな神経と根性の持ち主ではない。
「……お前が覚えてる筈ねぇ」
「……あー、そっか。昔、あたしが潰したどっかのヤクザの組員の残党か」
「うちから盗ったハジキ、どうしやがった?」
「ハジキ? ……あ、銃か。売っ払ったよ、あんな物騒なもん世の中にない方がいい」
「誰にだ……」
「けーさつ。欲しがってたからな。1つ1万円くらいだっけ? 良い小遣い稼ぎだった」
「ふざけんなっ! やっぱりサツとグルで……」
2人のやり取りを眺め、私は思い出す。
おそらく男は、以前地元のアーケードにあった極道事務所の構成員だ。
現在は確か、ゲームセンターになっている。
当時、警察が三郎をけしかけて事務所を壊滅させたという噂は、どうやら事実だったらしい。
目的は公的に襲撃できない、武装勢力の弱体化。
また資金繰りに悩んだ暴力団が既所持の銃火器を売り払い、一般への出回りを防ぐ為とか。
まるで都市伝説だが。
「個人や小さい組織に力が集まるのは危険だ。一個人の意見が常に普遍とは言えず、暴走した時に巻き添えになるのは罪のない人たち。力は公的な組織によって管理されるべきだ」
「……自分の言葉で語りやがれ。危険なのはお前もだろうが」
「ケケケッ! そうさ、今のは警察のおっさんの受け売りだよ。今じゃあたしもあいつらに鬱陶しがられてるけどな」
警察にとって、暴力団も鬼三郎も厄介者には変わらない。
三郎が町を去ったのも、もしかすると公組織の矛先が彼に向いたからだろうか。
いかに異常な力を持っていても、しょせんは一個人。
組織力には敵うまい。
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