46.水色の恋
「あーちゃん、大丈夫?」
とっさに結城が僕の手首を掴む。
軽い力で後ろに引っ張られる。
何故?
その少女と僕を引き離したいから?
彼の表情に一瞬の険しさが浮かんで消える。
「いや、僕は平気。それより……」
少女に向き直る。
彼女は頭を左右に揺らし、僕の発言を待っているような素振りをしていた。
謝罪の意を込めて、小さく頭を下げる。
僕が不注意だったことは事実だ。
「あー……っと、すみません」
やはり、背の低い少女だった。
最初に目を引いたのが、色素の薄い髪のショートカット。
脱色、しているのだろうか。
薄いどころか、白か蒼く見えるほどに黒が抜けている。
ブリーチで色を抜くのは、その上から別色を塗り重ねる為である。
だがこの子の頭髪はヘアカラーで塗りつぶしたというより、加齢によるメラニン減衰の白髪に近い物に見えた。
その癖、毛髪細胞そのものは若々しく、祖父母で知る白髪ともまた違う。
かなり妙な髪だ。
左右に付けている子供っぽいヘアピンは、髪をまとめる為ではなく単なる装飾のようだ。
どことなく蛇のようなデザインの印象を受ける。
服装も、幼めな外見にさらにそぐわないくらいの幼いコーディネート。
上は水縹(みはなだ)色の肩出しのショートワンピース。
胸元にリボン。
肩紐で釣ってあるだけのようで、単品だとかなり露出の高い服なのではなかろうか。
それと合わせる為なのか、上にショートベストのような一枚も羽織っている。
薄水色で、肩口の少し膨らんだ袖も付いていた。
もしかするとワンピースとセットなのかもしれない。
どちらも袖や裾がフリル状になっているから、おそらくそうなのだろう。
上半身に比べて、下はブルーのホットパンツのみと、かなり不用心だった。
白い太ももから下が健康的に丸出しで、膝下からようやく青のソックスで防御している。
青が好きなのだろうか。
靴はローファーだった。
今さっき靴屋で新調してきたばかりのような、ピカピカの新品同然。
硬い靴底は走れば大きな足音がしそうだが、何故接近に気付かなかったのだろう……。
詳しくはないが、結城の服装がゴシックパンクだとすると彼女は甘ロリファッションと言うべきなのか。
……なんだろう。
少女を一瞥し観察しただけだった。
それだけで、言い知れぬ胸騒ぎが起こった。
彼女の胸の内から、黒いもや……煙に似た何かが出ているような……。
それは、とてもとても黒い感情だった。
不安? 恐怖?
どれとも違う、もっと……根源的な……。
何かを暴かれてしまうような、漠然とした兆しである。
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