28.死地
傷口から血が、噴水のように噴き出す。
真っ赤な……真っ赤な血が、とめどなく。
信じがたいほどに、現実感が介在しなかった。
まるで安っぽいスプラッタ映画のごとく、冗談みたいに。
蛇口から捻る水や、スプリンクラーも同然に。
「…………」
目の前に立っている結城に、返り血が降りかかる。
彼もまた、ドス赤く染まっていく。
目元から血の筋が垂れていく。
彼は泣いていたのだろうか。
足から力が抜ける。
立っていられない。
がくっと、膝から地面につく。
血液の噴出が治まる。
ドクドクと血管の収縮が外界へ押し出すだけとなり、胸から重力に任せて流れ落ちる。
それでも出血は止まらない。
息の根が止まるまで、流れ続けるのだろう。
「……あーちゃん」
抱きしめられる。
充満する血の臭いの中でも、彼の清潔な石鹸の香りが鼻をくすぐった。
「大丈夫……大丈夫だよ……ずっと傍にいるから」
痛み、恐怖、不安。
それらの感情を、伝わる体温の温もりが緩和する。
僕の血と、彼の優しさが混じり合う。
ドロドロに溶け合う。
あぁ……僕は死ぬのか……。
腹から命が一つ一つ流れ出す度、視界が暗くなっていく。
いや、世界は真っ黒だった、初めから。
地平線の果てまで続く黒い空。
途切れることのない、紅く、温いぬるい血だまりの地面。
地獄よりも惨憺たる深底。
ここは意識の果てだった。
「ゆ……結城……」
「大丈夫……大丈夫だから……」
ゴォーン……ゴォーン……。
あの鈍い鐘の音だ。
祝福ではない、葬送の調べ。
もはや抱き返す力も腕にはない。
ただただ、彼に抱き留められながら、自分が沈んでいくのを感じる。
死の淵から底へと。
そこは涅槃も黄泉比良坂も十万億土も何もない。
ただただ堕ちていくだけの、底なし沼。
僕は、死ぬ。
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