25.疑似マリッジブルー
僕が足を止めたのを、結城が5メートルほど前方で気付いて立ち止まる。
「……どうしたの、立ち止まって? 早く帰ろうよ」
本当に、この考えは正しいのだろうか。
人は人、個人は個人。
自分の幸せの道程を、必ずしも大多数と重ねるのが正解とは限らない。
人はそれぞれに個性があり、考え方や指針や生き方は違うのだから。
『みんなに合わせるのが正しいとは限らない』。
確かにオーソドックスに固執するあまり、その個人が持つ本望をないがしろにしてしまう傾向もあるかもしれない。
人は、大きな流れに身を任せるのが心地良いから。
だからこそ、自分を見失わない為に大切なのは自分がどうしたいかなのだろう。
「あーちゃん?」
だが、それは理想に過ぎない。
現実の世界には幾重も壁がある。
性別の壁、年齢の壁、身分の壁、思想の壁。
それらを社会は許容しないケースも多い。
大多数意見を愚直に受け入れるだけが正解ではない、などと若輩者がどうして断言できる。
別側面を理解し、理に到達した気になっているだけではないのか。
賢ぶっているだけではないのか。
斜めに構えただけではないのか。
甘く考えてはいないか。
「どうしたの? やっぱり具合悪い?」
怖くなっていた。
不安が押し寄せる。
不自然なくらい憂慮が消えない。
ただでさえ争いが嫌いで臆病だ。
いや、正面からぶつかりたくない。卑怯なんだ。
そんな自分が、いまだ世間の主流である流れに逆らって生きる覚悟なんてあるのか。
これから先、自分たちに待っているのは耐えがたい過酷なのではなかろうか。
蔑視の目、侮蔑の声、悪意の差別。
それこそ圧し潰されてしまうような。
僕は、結城のように強くない。
「……聞いておきたいことがあるんだ」
「聞いておきたいこと?」
「結城は、本気で僕が好きなのか?」
彼は小さく笑い声を漏らす。
少しを頬を染めはにかむ。
「本気だよ。ボクはあーちゃんが大好きなんだもの」
「それは、僕たちの関係が正常でないと分かった上で?」
「何言ってるの? 当然でしょう」
全身から血の気が引く。
今更になって、脳が事態を重く認識している。
僕は、居心地の良い結城の傍に安堵してしまって、とんでもない決断をしてしまったのではないか。
まかり間違っても、もっと慎重になるべきだったのだ。
流れに流されて済む話ではなかった。
いや、なんだこの不安感は。
脳が、自分の物でないかのように、次々と憂鬱な悲観ばかり浮かんでくる。
ブレーキの壊れた乗り物のようだ。
「あ……あのさ、結城」
「なぁに、あーちゃん?」
「話が、あるんだ」
「はなし?」
僕の心境とは真逆の、多幸に包まれた彼。
だが、今言っておかなければならない。
酷く喉が渇く。
口の中に水分がない。
「僕たち……その……やっぱり、付き合わない方がいいんじゃないかな……」
僕はその一言だけ絞り出した。
「……え?」
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