24.夕闇の堕ち

 商店街から徒歩10分。

 僕たちの自宅がある住宅街に入る。


 半世紀以上も昔に、都市開発の一環で分譲された住宅街。

 沿岸部に隣接する、細胞研究施設の新設工事における公的・民間組織の社員や研究者を近隣に配置する為に、希望者へ格安で建築・販売された。


 うちや結城の両親もまた、その研究施設で研究員として従事しており、この土地へ引っ越してきたのも僕たちが産まれる以前だと言う。


 また、初期の立ち上げに起因するメンバーは立ち去っている。

 なので既に半数以上は従業員やその親族が手放し、今では一般的な分譲住宅街の住民の内訳と変わりない。



 暗くなり始めた帰路。

 夕日の橙色もくすみ始め、いずれ夜のとばりが落ちるだろう。


 電柱が明かりを灯している。

 光に吸い寄せられた蛾が、プラスチックに体当たりを繰り返していた。


「はー、今日は遊んだねー」


 隣を歩く結城が、背を反らせてぐいーっと伸びをする。


「そうだね、けっこう疲れたけれど」


「ゲームセンター行って買い食いしただけで?」


 運動部に所属していて定期的にランニングする習慣のある彼と比べられたくない。

 文化部の体力なんてこんなものだ。


 それに、今日はおかしな幻覚が度々現れたせいで疲弊している。


「運動不足で体力落ちてるんじゃない? あーちゃんも明日から一緒に朝走る?」


「ははは、遠慮するよ。結城に付き合って5キロも10キロも走れない」


「ふふ、歳とって肥満になっても知らないからね」


 心なしか彼の足取りが軽い。

 機嫌も良さそうだ。


「……満足そうだね」


「だって初めての下校デートなんだもん。嬉しかったんだ」


「デートか。やっぱり、いつもと変わらないよ。下校の帰りに遊ぶのも、買い食いするのも。たまにしてるじゃないか」


「いいの、それでも。デートはデートなんだから」


 確かにデートと言えば、デートなんだろうな。

 僕も恋人がいたことがなかったから、世の中のカップルがデートで具体的に何をしているかは、見聞きした知識でしか知らない。


 もちろん、意図したスキンシップの知識もあるが、それは僕らには時期尚早だ。


 デートなんて、名義上でしか存在しないものに違いない。

 恋人と明言した2人が、互いに満ち足りた時間を共有する。

 それだけで逢引足り得る。


 何をしたか、上手くやれたかなんて、些細な問題なのだ。

 場数を踏んでいるに越したことはないにせよ。


 夫婦になる以前の、好き合った者同士の愛を紡いだ時間。

 いわば伴侶となる前の予行練習を兼ねているのかもしれない。


「結城が楽しかったなら、それで良いんだけどね」


「何よそれ。あーちゃんだって楽しかったでしょう。『今日は楽しかった』。でしょ?」


「気心が知れてるんだ。結城と遊ぶのが楽しくないわけないだろ」


 言い切って気づき、はたと止まる。

 『今日は楽しかった』、その一文はわざと言っていると。

 いわゆるデート後の定型文だ。

 その言葉を引き出せたなら、その日は概ね成功とかなんとか。


 と言った話を、先週のテレビのバラエティ番組で視聴した。

 同じ場に、もちろん彼もいて観ているはずである。

 共にすごした時間の、記憶を共有した前提の引っ掛け。


 僕が思い当たらなければ、成立しなかった。

 そして彼はそうなるのも分かっていたようだ。


「ふふ、あーちゃんのことはなぁんでも分かっちゃうんだから」


 どこまで読まれているのだろうか。

 言葉にしなくても伝わる間柄、あうんの呼吸というかつーかーの仲というか。


 きっと、異性の恋人であったならここまでの快適さはない。

 同性で、かつ幼馴染であるから。


「結城には筒抜けか」


「そうだよ。ボクの方が一枚も二枚も上手なの。こーんな気立てが良い彼女が出来るなんて幸せ者め。このこの」


 ふざけて肘で小突かれる。


「彼……女じゃないけどね」


「ふん、心は女の子だもん。それともあーちゃんが彼女になる?」


「あはは、冗談。結城の方が似合うよ」


「ふふん、そうでしょうとも」


 きっと、僕には過ぎたパートナーなのだろう。

 例え男であったとしても。


 このままの関係が続くなら、それは幸福であるのかもしれない。


 人は、個人によって様々だ。

 広く普遍的な生き方をしたからといって幸せになれるとは限らない。

 最大公倍数の愛の形を人の喜びとするのは、統計から導き出された幸福のモデルケースでしかない。


 実際は、同じ愛情の形など存在しない。

 人の数だけ、違った愛の想いがある。

 もしかすると男女の関係より、より良い共存があるのかもしれない。


 それが僕の場合は彼との関係。

 今日の一日が、それをより深く認識させた。


「結城、お腹減ったな。晩御飯はなに?」


「え? うーん……特に決めてなかったなぁ。何が食べたい?」


「そうだな……体力落ちている気がするしガッツリした物。でも、何でもいいや。任せる」


「何でもいい、が一番困るんだけどなぁ。ガッツリか……挽き肉余ってるから、ハンバーグにしようかな。デミグラスソースたっぷりの」


 夕食の献立を考える彼は幸せそうだった。

 彼の多幸感は僕にも伝染する。

 相手の幸せが、自分の幸せ。



 ……それで本当にいいのか?

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