22.黄昏効果
肉屋から10メートル先。
アーケード中心を突き抜ける植林ブロック。
植えられた街路樹の下を囲む楕円形のベンチ。
防腐処理の施された黒い角材が、合金のパイプに貫かれて組まれている。
背中に当たる部分に、やはり合金のパイプが円形に配置されているが、寄りかかると痛いので背もたれとしてはあまり機能していない。
歩き疲れた人々の憩いの場。
数メートル置きのベンチに、みんなが思い思いに腰を下ろしている。
歓談する学生たち、べったりくっ付いた大学生風のアベック、苦笑で電話をするサラリーマン風の男性。
など様々。
「ここでいっか。座ろう」
僕たちは、風船を持った女子児童を連れた母親の座っているベンチの反対側に目をつける。
僕はそのまま座る。
結城はハンカチを敷いてから尻をつけた。
そうまでしなくともよく掃除されている。
ベンチに着くと、すっと緑の匂いがした。
ほんの僅かに甘い香りがする。
細く背の高くない街路樹。
葉数は多くなく、青々と茂っている。
これはなんという木だろうか。
ふと地面に刺さったネームプレートに目を落とすと、『ナシの木』とだけ書かれている。
何科のなんたら属といった学名は書かれていない。
ナシか。
言われてみれば、子供の頃に行ったナシ狩りの木と似ている。
その時と比べると一回り小さいが、形状は近しい。
アーケードの木が実を付けた光景を見たことはない。
実が小さいうちに剪定されているのか、元々実を付けないように品種改良でもされているのか。
路上に実がボタボタ落ちていると汚れるし、誰かが食べて腹痛を起こさないようにだろう。
「いっただきまーす」
隣の結城が包み紙の上部を剥がし、コロッケに齧りつく。
聞こえるほどの音でコロモが弾ける音がした。
彼がほころんだ頬を片手で押さえる。
「あつっあつっ……うーん、美味しい。あーちゃん食べないの?」
「食べるよ」
僕も自分のメンチカツの包み紙の上部を剥がす。
ゴマ油の芳醇な香り、キツネ色のコロモ。
ほんわり湯気が広がり消える。
齧りつく。
揚げたての、サクッと乾いた音がする。
適度な固さを持ったコロモ。
その破片が砕け散り、歯茎に浅く刺さる。
歯が肉に食い込む。
ひき肉がギッチリ詰まっていた。
熱を持った肉汁が溢れ出す。
「あちっ……あちっ」
齧り取った、熱すぎるメンチカツのカケラを口の中で転がす。
外はカラッと揚げられて中はふっくらしている。
「ふふ。お肉たっぷり入ってるね」
結城のコロッケも大きいが、このメンチカツもかなり大きい。
スーパーで買う物より一回りある。
そのくせ、コロモがギリギリまで薄くて肉の配分が多い。
「熱い、けど美味しい」
メンチカツを噛み締めると、肉と玉ねぎの甘味が舌に染み渡る。
ソースがなくてもじゅうぶん味が濃い。
「だよね。……あちっ」
結城も熱に苦戦しながら、コロッケを齧る。
夕暮れ時、ベンチに座りながら買い食いをする。
たったそれだけのことが、なんだか幸せだった。
時間はゆったり流れた。
ぼーっとしていると、なんだか白昼夢の中にいるような心地がする。
反対側にいたはずの女児がいつの間にかこちらを見つめていて、後から追ってきた母親らしき女性にねだる。
20前半くらいか、若い母親だった。
「ママー、あれ食べたい」
「もう、ご飯食べられなくなるわよ」
「食べたい食べたいー」
「はいはい、じゃあ1個だけね。お肉屋さん行こっか」
母親が女児を連れて、僕たちが総菜を買った肉屋の方へ歩いていく。
結城が慈愛に満ちた目で親子を見送っている。
「可愛いなぁ」
「そうだね」
「娘さんの方だよ?」
「わかってるよ」
彼が僕の半分になったメンチカツを指差す。
「それ、美味しい?」
「うん、甘くて美味しいよ」
「ちょっと交換して」
「いいよ」
彼が自分の半分になったコロッケを差し出してくるので、僕も自分のメンチカツを渡す。
お互いの交換した揚げ物に齧りつく。
男爵コロッケだった。
つぶしたポテトの中にひき肉と、2個ほど小さく塊のジャガイモが入っている。
それもまたホクホクだった。
「コロッケも美味しいね」
「でしょう。ボクもあの奥さんのお惣菜には負けちゃうな。今度レシピ聞いとかなきゃ」
「お店の機械だから美味しく揚がるのかもよ?」
「そこは工夫次第かなぁ。新しいフライヤー欲しくなっちゃった」
「ふむ……」
コロッケを齧る。
これだけ美味しく感じるのも、特殊な調理器具、プロの腕、だけではないはずだ。
昼と夜の境目。
夕暮れの特別な時間帯と光景、それに買い食いが味を引き立たせているのかもしれない。
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