21.買い食い
そこは結城がよく訪れる自営業の精肉店。
開閉ドアが取っ払われたシャッター式の入口。
入ってすぐ、店の横幅いっぱいに広がる透明な陳列棚。
店内に入ることはできず、店先で店員が口頭で売り買いする作りの肉屋である。
陳列棚に商品の精肉が並んでいる。
白いトレーがお客に見えやすいように斜めに傾けられ。
豚バラ、もも肉、肩ロース、牛ヒレ、牛タン、サーロイン。
鮮やかな赤身と白い脂。
特段高級品でもなく無造作に並べられただけだが、漂う総菜の匂いと相まって、調理をしてなくても美味しそうに見える。
肉の種類ごと、下部に値札が付けられている。
部位名称、100グラムあたりの値段。
赤地に白抜きの文字の特売。
今日は鳥ササミが安いらしい。
陳列棚の上にドカリと置かれた旧型レジスター。
細かいゴム棘の生えたカルトン。
さらにその横に、店番をしている店長の奥さんがいる。
「あら、結城ちゃんいらっしゃい」
「どうもーお姉さん」
結城も手をひらひら振って応える。
軽い社交世辞も交えながら。
「あら、お姉さんだなんて。結城ちゃんお上手」
40を超え恰幅の良い、人の好さそうな中年女性。
健康的な日に焼けた肌、力仕事に慣れた体躯、豪胆そうな笑顔。
肥満ではあるが肉体労働に適した体つきをしている。
しかし不衛生さはなく、何故か若々しく見えるし、内面の気風の良さが滲み出ている。
事実、姉御肌で竹を割ったような性格だと評判だ。
三角巾とエプロンも似合っていた。
「今日はお買い物? 鳥が安いわよ」
「ううん、お肉の買い置きはあるからまた今度。今日は買い食いでもしようかなって」
結城と奥さんは顔見知りである。
僕はあまり買い物に居合わせないが、2人は町内会の集いでも交流があるとか。
昼食に入っていたメンチカツも、ここの肉屋で買った物が材料だ。
「そうかい。うちは総菜も美味しいよ。何にする?」
「うーん、どうしよう。食べ過ぎても晩御飯入らなくなっちゃうし、1個だね。ここのお惣菜おっきいんだもん」
奥さんが大口開けて豪快に笑う。
「がはは! 腹ペコ学生にゃありがたいでしょう?」
店内に吊るされた縦長で厚紙の総菜メニュー。
内枠を走る赤白のストライプ。
清々しいくらい大きく堂々と、『メンチカツ110円』とか『コロッケ40円』と明朝体で書かれている。
「ボク牛肉コロッケにする。あーちゃんは?」
「じゃあチーズメンチカツで、1つ」
「あいよ、牛肉コロッケ1つとチーズメンチ1つだね。ちょっと待っててね」
奥さんが奥に引っ込む。
フライヤーにコロッケとメンチカツの種をトングで掴んで落とす。
じゅわあぁ、と油の跳ねる音。
香ばしい匂いが漂ってくる。
この肉屋は揚げ物の作り置きを滅多にしない。
たいてい注文を受けてから揚げている。
作りたてを食べられるという利点に比べれば、数分待つくらいどうってことない。
「美味しそうだね、あーちゃん」
「うん」
5分ほど経ち、奥さんが揚げ物を引き上げる。
油をさっと飛ばし、容器に移し、持ち帰り用の紙にくるむ。
慣れた鮮やかな手裁きだった。
さすが生業としているだけある。
「はいお待ち」
「ありがとう」
結城と僕はお礼を言ってそれぞれ受け取る。
「あ、結城ちゃん。もしかして今日、秋貴くんとデートだったかしら?」
一瞬、彼女の言動にびくりと体が硬直する。
しかし結城は動じない。
幾分か粗野な奥さんの物言いをさらっと流す。
「ふふ、実はそうなの。内緒にしといてくださいね」
「がはは! 目出度いねぇ。さっそく近所で噂にしなくっちゃ」
「あら、そんなこと言うならここでお買い物するの止めようかしら」
「冗談だって。揚げ物冷めないうちに食いな。また来とくれよ」
奥さんの口調からも冗談だとわかった。
彼女に別れを告げて肉屋を離れる。
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