20.代償行為

 ゲームセンターで2時間ほど遊び倒した。

 写真シール機、音楽ゲーム、UFOキャッチャーの他、最新機種も幾つか。

 指を動かせ過ぎて痛いほどに。


 店外に出ると、アーケードのオレンジ色が深まっていた。

 どこかから揚げ物の匂いが漂ってくる。


 奇妙な夕暮れだ。

 ここに着いたのが午後16時半頃、今は20時を回っているのにまだ明るい。

 夏場と言えど、ここまで夕が長いのは珍しい。


「ふぅ、遊んだ遊んだ。スッキリしたぁ」


 結城が景品の猫のぬいぐるみを両手に抱えて歩いている。

 手首には、これまた景品のお菓子が入ったビニール袋を提げている。


「ご満悦だね」


「へっへー、まぁね。あーちゃんが猫ちゃんのぬいぐるみも取ってくれたし」


 結局、クマのぬいぐるみは落とすことができなかった。

 僕も結城もUFOキャッチャーは得意な方ではないが、それ以上に台の設定から景品を取られまいとする意地を感じた。


 近年のキャッチャーが掴んで持ち上げるタイプではなく、少しずつズラして落とす取り方に変わっている。

 数百円分プレイしたところで、クマのぬいぐるみを落とす為の見込み経費が2000円を超えそうだったので中止した。


 今、結城の手元にあるのは別の台で取った20cmほどの猫のぬいぐるみ。

 これだって800円はゲームセンターに落としているのだから、コストパフォーマンスは低い。


「しばらくUFOキャッチャーは止めようね。すかんぴんになっちゃうよ。そのぬいぐるみも市販品で買えば500円くらいなのに……」


「お金じゃないの、こういうのは。思い出はプライスレスってね」


 したり顔の結城。

 確かに楽しい時間を過ごした。


 ただ、電子ゲームに比べると時間あたりの金銭消費が激しすぎる。

 学生がゲームセンター通いをするなら、小遣いの配給金額と相談しなければならない。


 僕も特段、同世代と比べて多額を貰っている訳でなく、ゲーム以外の娯楽費も考えると中々厳しい。

 買い食いもすれば、カラオケに行ったり、遠出をしたり。


「この猫ちゃんの名前、何にしようかなぁ」


「結城、ぬいぐるみに名前付けるような性格だっけ?」


「たまにはね。あーちゃんのプレゼントだし」


「ぬいぐるみに呼びかけても返事しないよ」


「ひっどーい。猫ちゃんは生きてるよ。大切にすれば物にも魂が宿るんだから」


「それでどんな名前にするの? タマ? ミケ?」


 彼が愛おしそうに猫の頭を撫でる。

 安っぽいわりに毛足が長くフワフワしている。


「そうだなぁ、どうしよっかなぁ……。特別な名前にしたいよね」


「あまり気張ると、呼びにくいヘンテコな響きになっちゃうかもよ」


「うぅん……そうだ、んーちゃんにしよう」


「んーちゃん?」


「あーちゃんが取ってくれたから。五十音の最初と最後」


「また呼びにくい名前を……」


「でも滅多に被らないでしょう」


 確かに、五十音の最後の文字から始まる名前もそうないだろう。

 個性的と言えば個性的。


 しかし、やはり読みづらい。

 んを頭から発音しようとすると音が鼻から抜ける。


「結城がいいならいいけどさ」


 彼が猫のぬいぐるみを抱きしめる。


「ボクとあーちゃんの子だね。今からあなたは、んーちゃんだよ」


 そこではたと気づく。

 もしかして同性であることの不妊を暗に主張しているのか。


 当然、男同士で自然妊娠は不可能だ。

 つまり代償行為。


 子供の不在が関係の破局を招くという話も聞く。

 それは異性同士の夫婦は元より、同性カップルも該当するだろう。


 長い間、同じ時間を共有するのだ。

 愛も無限に沸き続ける訳ではない。

 自己の遺伝子を受け継ぐ子供の存在が、長期間の関係維持に繋がるらしい。


 もちろん、全ての夫婦に当てはまる理屈ではないだろうけれど。


 あるいは養子を迎え、実の子供のように愛を注ぐ人たちもいる。

 そこには確かな愛情があるだろうし、実親子と同じくらい強い絆で結ばれた家族にだってなり得る。


「どうかした?」


「いや、別になんでもないよ……お腹減ったなぁって」


 咄嗟に口をついて出た言動だったが、あながち嘘でもなかった。


 アーケードに満ちる食べ物の香りが食欲を誘う。

 ゲームセンターで体を動かし胃の中身がからっぽになっている。

 時刻も夕飯になっていてもおかしくない時間帯だ。


「何か食べよっか。何がいい?」


 結城はぬいぐるみを鞄の側面ポケットにしまう。

 頭だけが入りきらず、カンガルーの子供のように猫が街並みを眺めている。


「ちょっとお腹が膨れる食べ物」


「お腹が膨れる……か。お惣菜かな。コロッケとかどう?」


「あぁ、いいね」


 彼が近くの肉屋の方へ歩いていくので、僕を後に続く。

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