19.リズム
曲が始まる。
前奏。
結城が体を上下に揺らしてリズムを取る。
筐体の照明がピカピカ光り出す。
辺りをサイケデリックな7色に染める。
ゲーム機の画面を、上から色の付いた記号が降り落ちてくる。
速い。
視認してから対応するまでの猶予が1秒とない。
青、赤、黄、緑、青、青、赤、ピンク、青。
ダン、ダン、ダダン、ダンダンダン。
結城は体幹バランスを安定させる為に両手を左右に開く。
記号がタイミングバーに重なるのに合わせ床パネルを踏みつける。
赤、白、グレー、グレー、赤、黄、ピンク、青、青、青。
ダダン、ダン、ダン、ダダダン、ダン。
体が激しく揺れる。
足が目まぐるしく床パネルを踏む。
腕を振る。
スカートが翻り、ツインテールの髪が暴れる。
激しい曲調に加え、最大難易度が目で追うのも辛い速度で記号を落とし続ける。
フンフンフーン♪ フンフン♪
彼の鼻歌が聞こえた気がした。
音楽ゲームはパネルだけ踏めばいい。
譜面とタイミングだけ覚える方法もある。
だが結城は「機械的じゃつまらない」と、あくまでリズムに乗って歌い踊る。
それが礼儀であり醍醐味だと言って譲らない。
なにより、その方が楽しいと。
白、グレー、白、グレー、黄、ピンク、ピンク、地団駄。
ダダダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダダダダダダダ。
ほぼ完璧なタイミング。
ミスのない記号選び。
彼の目は滝のように流れ落ちるそれらを的確に捉えている。
曲がサビに入り、800コンボを超える。
画面の記号も、結城の足も、何をしているのか分からないほど速度が上がる。
ボーカルが終わる。
アウトロ。
最後の1記号が落ちていく。
彼が床パネルを強く蹴りつける。
つま先でターン。
拳を高く上げる。
「イエス!」
ライトの明滅が終わる。
一瞬の静けさ。
ゲームが終わる。
画面にGreat!の文字とスコアが表示される。
結城がふうと息をつく。
「お疲れ。どうだった? パーフェクト取れた?」
声をかける。
彼が振り返る。
小さく乱れた息。
薄っすら掻いた汗。
彼もそれなりに本気だったのだろう。
「あはは、まっさかー。あのYAMIKOってユーザーのスコアにも追い付けなかったよ」
そうだろうな、と思う。
最大難易度で完全クリアを取得するのは、ほぼ不可能である。
結城の前口上もジョークと意気込みだ。
この音楽ゲームでパーフェクトを達成するには、感圧機による強弱も全てクリアせねばならない。
バッチリのタイミングだったとしても、踏んだ際の力加減が誤っていると100%の点数として貰えない。
そして激しく動き回る最大難易度は、人間の集中力で可能な所業ではない。
インターネットの動画で、最大難易度から1つ落としてパーフェクトを達成したスーパープレイ動画ならある。
その人物にしたって人間業を超えている。
しかし現在のところ、完全踏破の動画はアップされていない。
最大難易度のパーフェクトはいまだ前人未踏なのだ。
「僕からすると結城のスコアも十分凄いって」
僕も幾らか嗜んでいるが、年単位で修練を積んだ彼のレベルに及ばない。
毎年開かれる地区大会。
彼は優勝や準優勝を狙える領域で、僕は1回戦や2回戦敗退で応援に回る程度。
「ボクの可愛さに見惚れちゃった?」
「……もっと機械的にプレイしたら点数伸ばせたと思うんだ」
「あ、話逸らした」
「無駄な動きを止めるつもりはないんだろ」
「やだ、そんなの美しくない。画面を見てボタン押すだけなら、リズムゲームの意味がないじゃない。スコアより大切な価値もあるんだから」
パフォーマンスもゲームの内ということだろう。
結城に限らず、ただパネルを踏むに固執せず、観覧者からの絵面にこだわるユーザーは少なくない。
より良く見せたい欲求がある。
ある種の表現者なのだろう。
ゲームの習熟度がハイスコアやタイムアタックを競う物が多い中、音楽ゲームだけはコミュニティ特有の観念が共有されている。
その1つが魅せ方など。
「あーちゃん、次UFOキャッチャーやろ。ボク、あのおっきいぬいぐるみ欲しい」
結城が僕の手を引いてUFOキャッチャーのコーナーに連れていく。
「あれは無理だよ……」
彼が指差したクマのぬいぐるみ。
UFOキャッチャー機の中で、1メートルを超えるツキノワグマがつっかえ棒に足首から先を引っ掛け、逆さ吊りにされていた。
一見すると簡単に落ちそうな高額商品。
おそらく接着されているかアームの設定が弱められているに違いない。
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