16.幼馴染シール

 内部は外側から見るより広く感じた。

 おそらく窓際に近接しているので、外から奥行を測りにくいから。


 垂れ幕のビニール臭を誤魔化す為か、別の匂いも漂っている。

 ローズマリー?


 垂れ幕の仕切りで外と隔絶され、ゲームセンターの喧騒が遠い。

 防音効果があり、内部の音が反響する。

 ここだけ切り離された空間みたいだ。


「えっと、財布財布……」


 結城がゲーム店のユーザーカードを差し込む。

 それはプレイ情報やゲームデータなどがICチップに記憶された、個人の識別カードである。


 そしてコイン投入口に100円玉を3枚入れる。


 水音に似た反応システム音。

 デモモードから切り替わり、二頭身で二足歩行の猫のキャラクターが現れる。

 右半身が白、左半身が茶虎の奇妙な猫だった。


『いらっしゃいませ~お嬢様&旦那様~。ご機嫌なひとときをお楽しみください』


 猫がクルクル踊りながら左端に移動し、3枚の枠組みテンプレートが表示される。

 印刷される1枚あたりの枠数が、3、9、12のテンプレートから選べるらしい。


 mm単位で表示された数字を確認する限り、9が一般的なサイズか。

 3は大きすぎるし12は小さすぎる気もする。


『まずは、写真のモードを選んでね』


 猫のキャラクターがアニメ声でガイダンスを喋る。

 聞き覚えのある声質。

 テレビでたまに耳する有名な声優だったか。名前は思い出せない。


「あーちゃん、どれがいい?」


「詳しくないから結城に任せるよ」


 結城が9枚テンプレートのボタンを押す。


 反応システム音。

 全てのテンプレートが右外側に向かってスライドアウトする。


『好きなフレームを選んでね』


 外枠の選択。

 白地の長方形が4つ左外側から流れてきた。

 星柄、ハート柄、クエスチョンマーク柄、犬柄などが内郭に沿って散りばめられている。


 右下隅に1/13の表記と左右矢印のページ変更ボタン。

 1ページ4パターンとするなら50以上のバリエーションがありそうだ。

 お客のニーズに応えるため、それだけ多様性を求められていると考えられる。

 ガイダンスキャラクターの猫柄もきっとあるだろう。


 120秒のカウント数字が減っていく。

 無制限に選び悩んでいられない。


「ねぇ、どの柄が好き?」


「……あぁ、うん。結城が好きなので構わないよ」


 彼が不服そうに眉を寄せる。


「えぇ、またぁ? さっきからぞんざいじゃない?」


「う……そんなことないさ。えーと、どれにしようかな」


 ページ変更の矢印を押す。

 花柄、キャンディ柄、蛇柄、キスマーク柄、時計柄、ウサギ柄等々。


 多くは可愛らしい図柄や記号だが、やたら陰影の付いた骸骨柄、赤黒い血痕柄、パンク趣味なチェーン柄、前時代的なオカマ柄、写真から切り出しただけのゴリラなど。

 一見女の子が好まなさそうな柄もある。


「ふふ、これ可愛いね。あ、こっちのも」


 結城が面白がっているあたり、個性的で奇抜な絵様も需要があるらしい。


 何時だったか、クラスメイトの女子が学校に気色悪いピエロのポップアートの文房具を持ってきた。

 周囲の女子たちもそれを見て喜んでいた。

 男性には理解し難い、一種独特な感性があるようだ。


「それなら、これはどうかな?」


 ピストル柄を指差す。


「えー、そんなのかわいくなーい。こっちにしよ」


「あっ……」


 僕の了承が得られる前に、ハート柄が選択されてしまう。


 結局、ありふれた図柄になってしまった。

 先ほどのやり取りはなんだったのか。


『お友達が映るように、カメラの正面に立ってね。30秒後に撮影するよ。ポーズを決めよう』


 画面に僕と結城の太ももから上が映る。


 ちょっと遠すぎる。

 前進して2人の姿がちょうどよく収まる位置に立つ。


 結城が両手を開いて、僕の頬横に差し出す。


「あーちゃん、お姫様だっこして」


「それはさすがに……」


「なんでよー、カップルはみんなやってるよー。それともチュープリの方がいい?」


「チュープリってなに?」


「キスしながら撮るの」


 冗談じゃない。


「慣れてないんだ……腕を組むくらいで勘弁してくれ」


「仕方ないなぁ。今度来た時は絶対にだっこだよ?」


 結城の指示で正面から半身に、背中合わせで立つ。

 片腕同士を肘裏で組む。

 仲が良い体育会系男子のスキンシップみたいだ。


 あれだけ甘い要求をしていながら、ずいぶんと男らしいポーズに落ち着いたものだ。

 僕が恥ずかしいというから、気を遣われたのかもしれない。


『そろそろ撮るよー。10、9、8……』


「あーちゃん、笑って笑ってー」


 結城がニカリと歯を見せるので、それを真似する。


 パシャリ。

 白い閃光。


『もう1枚撮るよー。30秒前』


「あーちゃん、ピースピース。イェーイ」


 結城が頭の上で横向きにピースサインを掲げる。

 それとアヒル口。


 2枚目があるとは知らなかった。

 咄嗟だったので、僕は不器用なピースサインをカメラに突きつける。


「い……いぇーい」


 失敗だった。

 表情や立ち居振る舞いが固かった。

 しかし初めてなのだから、我ながらよくやった方である。

 恥ずかしいのも我慢して。


『撮影が終わったよー。最後に、自由にお絵かきしてね』


 撮影された写真2種。

 それに加えて、グラフィックソフトのようなインターフェースが表示された。

 ペン、ペン先形状やサイズ、RGB色選択、消しゴム、スタンプ、グラデーションのようなフィルタ効果など。


 驚いた。

 写真シール機で、ここまで多種多様な画像加工ができるとは。

 簡素なフリーソフトと同程度の機能がある。


 結城が脇のスタンドから、コード付きのタッチペンを引き出す。

 先端が丸く、ゴムになっている。


 デカい。

 インクマジックペンより一回り上の太さで、直径が30cmほどある。

 お客が失くさない為にか、その大きさが操作に適している為か。


「さーて、何描こうかなぁ。とりあえずハート」


 画面の僕たち2人を囲んで、グルーっとピンクの線がハートを描く。

 ペンの軌道をなぞって操作が反映される。

 レスポンスは鈍いらしく、線を引いた際、僅かな速度遅延があった。


「あーちゃんも何か描いて描いて」


 もう1本のペンを渡される。


「こういうのは、本当に苦手だよ」


「難しく考えなくていいの。やってみせるね。美白にしてー、ヒゲ書いたりー……あ、ラブラブって文字入れなきゃ!」


 結城が楽しそうに落書きしていく。

 何度も女友達と訪れたのだろう。

 使い慣れた筆とキャンパスのように手先が迷わない。


 僕は、今もシール機への抵抗感があり、居心地が悪い。

 真っ白なボックス内も、オシャレな垂れ幕も、過剰な演技声の猫のキャラクターも。


 だが嫌な気分ではない。

 それは彼と一緒だからだろう。


 恥ずかしいので1人だったら絶対にやらなかった。

 2人だから生じる思い出。

 経験に無駄はないのだと知る。

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