15.ゲームセンター

 『CGJゲームズ仮心店』。

 商店街に2件あるゲームセンターのうちの1件。


 ビデオゲーム34台、メダルゲーム4台、UFOキャッチャー13台、音楽ゲーム6台、体感ゲーム2台。

 と中々の筐体数を揃えている。


 数年前まで地元暴力団の事務所があったのだが、建物内で大規模な傷害事件が発生し立て替えている。


 事件は深夜に起きて、実時間の目撃者がいなかったそうだ。

 誰かの事後現場を見聞きした話では、室内は猛獣でも暴れ狂ったのではないかというくらいに、グチャグチャに荒らされていたという。


 床一面、倒れ伏した組員の出血で血の海だったとか。

 千切れ飛んだ若頭の上半身が壁に張り付いていたとか。

 悪行を成した極道を滅す為に、地獄の鬼が喰らい尽くしたとか。

 などと、当時まことしなやかに囁かれた。


 これによって組長を含む構成員の14人が死亡、7人が後遺症の残る重傷を負った。

 同組は事実上の解散。

 表向きは暴対法によって行き詰った極道同士が、みかじめ料の取り分で揉めて内部抗争になったとされている。


 風の噂では事件背景に、ある不良児童の存在が見え隠れしたが、口にする者はすぐにいなくなった。


 事件発生の数日後には、あらかじめ取り決めていたようにゲームセンターの外内装工事が始まった。

 1週間後に開店し、まるでかつて暴力団事務所になどなかったように若者で溢れかえった。

 今では遊び場の代表になっている。


 不可解な点が散見されたが、瞬く間に人々の記憶から忘れ去られた。

 メディアでも事件規模のわりに地元の新聞紙に載っただけだった。


 あらゆる痕跡を残さず、ヤクザ事務所はゲームセンターへと転身したのだ。



 店内に一歩踏み入ると、娯楽の世界が広がる。

 騒がしい電子音、きついファストフードの匂い、微妙に薄暗い店内とサイケデリックな照明。

 お客が筐体の前に座って、あるいは立ってゲーム機に興じている。


 私服の若者が多いが、学生服も幾らか混じり、家族連れまでいる。

 一昔前の盛り場の印象は薄れ、よりライトで広い年齢層に受け入れられるようになった。


 とりわけ時間を持て余した定年後の高齢者が、メダルゲームを嗜んでいる光景が異質だ。

 それだけゲームセンターの在り方や認識が変わったということだろう。


「さーて、何にしようかなー」


 結城が店内を歩き回って物色する。

 いつの間にか繋いだ手で、グイグイ奥へ連れ込まれる。


 この店は常に数台は新規ゲームを導入している。

 たまに訪れると、古い機種が入れ替わっているのも珍しくない。

 店の入口付近にある奇妙な形状のUFOキャッチャーも、つい最近メーカーから発表された物である。


 ゲームセンター業は、家庭用ゲーム機の高性能化や小型端末ゲームの普及によって低迷を招いているらしい。

 この店舗も例に漏れず、筐体の負債や維持費に対して客の減少に歯止めがかからず、資金繰りに悩んでいるという話も聞く。


 しかし何故か、毎週のように割引キャンペーンやイベントも行い羽振りが良い。

 どうなっているのか……。


「結城と遊びに来るのも久しぶりだね」


「む……ちょっとあーちゃん! これは遊びじゃなくて、デートなんだよ。デェト!」


「同じじゃないか。先々週来た時と何も変わらない」


 結城が繋いだ手を目の高さに上げる。


「手、繋いでるでしょ。デートの証拠。さて、まずはどれをやろっか?」


「そうだなぁ……」


 遊び慣れた筐体のスコアを伸ばしたいし、新機種も試してみたい。


「いい? デートだよ。よく考えてね」


 デートか。

 ゲームセンターのデート。

 いつも通りの選択では不味い、のだから結城が先んじて忠告したのだ。


 2人でプレイできるもの。

 対戦格闘、体感ゲーム、UFOキャッチャー……?


 ダメだ。

 恋愛経験値が低すぎて、それらとデートが結びつかない。

 どうあっても、普通に遊んでいるいつもの光景しか頭に浮かばない。


「れ……レースゲーム」


「はいブブー! まずはIPBでーす」


 彼が僕を引っ張って、窓際の方に連れていく。


 縦横1メートル、高さ2メートルほど。

 直方体のボックスが4台立ち並んでいる。


 左右の出入口に女性モデルの顔がデカデカと印刷された垂れ幕。

 窓の外からも通行人に見えるようになっていて、ポップ広告の代わりとしても使われている。

 あるいはカーテンの役割も。


 IPBとは写真シール機の製品名称らしい。

 (instant print box)と副題が小さく書かれている。


 結城が垂れ幕を捲って、躊躇いなく中に入る。

 彼は抵抗がなさそうだが、僕はあまりに慣れない装飾で二の足を踏んでしまう。


 化粧品広告かレディース雑誌を思わせる、女性に向けたデザイン。

 ゲームセンター内でもここだけは立ち入らない。


「なにしてるの、早く入って入って」


「すごく、恥ずかしいんだけど。なんというか、女の子っぽすぎて」


「あーちゃん1人だったらね。でも今はボクと一緒でしょ。カップルで入るのは自然だよ。誰も変な目で見てないから」


 ぐいっと腕を引かれ、引き込まれる。


 会話を邪魔しないような音量で、内部で音楽が流れている。

 ポップミュージックのアレンジ曲。


 背面はレフ板代わりの白壁。

 正面に撮影機械。

 横幅いっぱいのサイズ。かなり巨体だ。


 同種機体の代表的な製品であるプリント倶楽部を、ゲーム雑誌の歴史欄の写真で目にしたことがある。

 それに比べると1.5台分くらい横に広い。

 画面もブラウン管から液晶に変わっているし、ポップな色合いは排され極力白を基調とされている。


 玩具に近い愛らしい雰囲気と打って変わり、機能美とシンプルさを追及している。


「そこ段差あるから気を付けて」


「う……うん……」

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