14.ウェディングドレス

「わぁー、綺麗~」


 ショーウインドウのマネキンに着せられた純白のウェディングドレス。

 小売かと思ったが、ドレスレンタル店のようだ。


「いいなぁ~」


 結城がうっとりと、飾られた真っ白なドレスに目を奪われている。


 肩出しで体にフィットした上半身。

 やや派手すぎる薔薇の刺繍レースが、胸から腕を一回りに施されている。

 頭には長いベールが被せられていた。

 胸部分はボリュームが盛られているが、腰はキュッと引き締められ、下半身から足にかけてフレアがふんわり広がっている。フリルが透けて重なり、まるで海面のように波打っている。

 

「綺麗だね」


 と、月並みな同調。


 ショーウィンドウと店内の境目に、遮光版が設けられている。

 わざと暗くして任意の方向からライトを当てることで、明暗や透けが強調されていた。

 実物はともかく、より見栄えを際立たせる為だろう。

 大人っぽく妖しい、浮世離れした魅力を放っている。


「はぁ~……このプリンセスライン可愛い。着てみたいなぁ」


「やっぱり好きなんだ、そういうの……」


 男なのに、という一言を飲み込む。


「うん、大好き。あ、こっちのマーメイドラインもいいなぁ。ギャザーが素敵」


「……ふぅん」


 おそらくドレスの種類のことを言っているのだろうが、詳しくないのでちっともわからない。

 プリンセスはお姫様、マーメイドは人魚を模しているという意味なのか。


「うーん……でもやっぱりAラインが良いかなぁ。シルエットが綺麗。あぁ、でもでもぉ、他のも捨てがたい~」


 綺麗、だと思う。

 だが、結城ほど興味がないせいかどれも同じに見えてしまう。


 彼との外出で、衣服の買い出しだけはどうも苦手だった。

 男女の感性の違いだろう。

 知識や興味が薄いので気の利いた感想が出てこない。


 とりわけ僕は服装に強いこだわりがなかった。

 学生服はもとより、私服すら清潔感しか選ぶ指標がない。

 自分で服を買いに行けば、衣装箪笥が同じような白のTシャツと黒のスラックスかジーパンで埋まってしまうほど。


 その中でもウェディングドレスほど、理解に苦しむショッピングもない。

 何を以てして優劣や好き嫌いを抱くのか。


 少なくとも結城は、それを解する乙女心を所持している。

 感受性の敗北である。


「着てみたい?」


 と、何気なく言って後悔した。


 結城が振り向いてニヤリとする。


「着せてくれるの、あーちゃんが?」


 頭の中で、結城にショーウィンドウのドレスを重ねる。

 成人用だと、小柄な彼の体躯に身丈が揃わないものの、実によく似合っている。


「これじゃサイズがブカブカだ」


「そんなのお店の人が合わせてくれるもん」


「……結城はどれがいい?」


「これとこれ」


 彼はプリンセスラインと呼ばれた物と、その横のAラインと呼ばれた物を指差す。

 なんと2つだった。


「1つで十分じゃないか……」


「ヤダ、お色直ししたい。一生に一度なんだもん。2着は着たい」


 ドレスの足元の値札を見る。目玉が飛び出すような心地がした。

 3の隣にゼロが5つも付いている。

 しかも買い切りでなくレンタル。

 たった1日レンタルの為に数十万円の出費……。


「たっか~……」


「学生にはね。社会人になったらそうは思わなくなるよ。むしろ安いくらい」


 そんな訳ないだろう。

 世の新郎の人達も、一大決心で臨んでいるはずだ。

 結婚費用もドレス代だけではない。


「生地も薄くて少ないわりに、露出も多いのに……」


「あーちゃんのエッチ」


「あ、ほら、そろそろゲームセンター行こうよ」


 形勢の不利を誤魔化そうと、その場を離れる。


「まったく……都合が悪くなるとすぐ逃げるんだから、あーちゃんは」


 彼もボヤきながら小走りで付いてきて、そのまま2人で歩く。


「だって、わからないよ。ウェディングドレスも、結婚も……」


「あはは、そりゃそうだ。あーちゃんはウェディングドレス着ないもんね。結婚かぁ……今じゃみんながみんな、挙式してるってこともないし。どうしてもって言うなら、2人で神社にお賽銭投げに行くだけでも良いよ。その代わり、新婚旅行は豪勢にしたりさ」


「どっちにしてもお金がかかりそうだ……」


「みみっちいなぁ。一生に一度だって言ったじゃない。思い出はプライスレスだよ」


「そんなものかな……」


「そんなものだよ。お金は使うところで使わなきゃ。あ……でも一番優先は、やっぱり結婚指輪だよね。それだけは譲れないよ。ふふ」


「……雑貨店のじゃダメ?」


「だーめ。そんなの子供の頃に貰ったのがあるんだもの。今度は本物が欲しいナー」


 そういえば幼い頃、結城にねだられて買い与えた気がする。

 ごっこ遊びのプロポーズ。

 1つ数百円のおもちゃの指輪。

 まだ持っていたとは。


「……考えとくよ」


 同性の壁だけでなく、経済的な問題。

 考えれば考えるほど頭痛がしてくる。

 人生はお金がかかりすぎる。

 愛がどこまでを許容できるのか。

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